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都市が賑わっている。 露店は大通りを埋め尽くし、老若男女が構わず道を埋め尽くす。 ここは歩行専用の通りであると同時に、巨大な商業組合に登録された個人・団体が露店を出すことを許可される区域でもある。 本来なら馬車や慣らされた動物が移動手段として使われる筈の極太い道路にまで露店の勢力が広まると、圧巻だ。 幾度と無く一期一会が繰り返されながら、何処も彼処も大盛況。熱気は上り、活気が盛る。 最高として、当たり前に存在する日常。 その最たるものとして実感するものにもなり得るこの場所に、巧妙に、巧妙に、居てはいけない者が、隠れていた。 「ね、ね。今思ってること当ててあげようか」 「……ふぅん、何? 突然」 道の隅、歩道に当たる道のの更に隅に、女性の二人組が居る。 話しかけている方は黒のセミロングで、白のブラウスと紺のスラックス。そろそろ成人を迎えるのだろうと言う見た目の割にまだあどけなさの残る話し言葉で、この都市圏ではあまり見かけない黒髪であることもあり、印象は少し世間知らずのお嬢様と見られてもおかしくはない。 話しかけられている方は群青のロング。パーカーにジーンズと言う極めて凡庸で男性的な成りをしていながら、そのスタイルはそれでも際立っている。見た目の年齢から話しかけている方の姉、或いはその身のこなしと冷静な反応からお目付け役か何かと思われるだろう。 だが、それも珍しくはないだろう。何せこの大通りの露店には様々な人間が集まる。露店ではなく大道芸を行う一座が小さなショーを開かせて貰っている光景も時折見かけるし、世界的に見ても価値のある品が売られていたり。故に、様々な人間が日を問わず集まるのだ。 別段、誰も気に留めない。 「光景を視界に認識した瞬間、証人になる筈の人間は即座に死体となってしまうような大虐殺を望んでいる、でしょ?」 「そう言うなら私にも貴方の考えていることが解るわ。光景を視界に認識した瞬間、証人になる筈の人間は即座に死体となってしまうような大虐殺を望んでいる、と私が考えていると考えている……って、ね」 物騒な類の冗談だった。 白いブラウスの女性の顔は心底愉快そうだったが、青の女性は表情を全く変えることが無い。傍目に見ると、子供の冗談には付き合っていられない、と言う風にも取れる。 気にせず、白いブラウスの女性は続ける。 「へー? 否定はしないんだ?」 「そうね。一言一句、とまでは言わないけど正答に近いわ」 冗談に続く冗談は、それを更に冗談で返す役であった筈の青の女性が同意した途端。 冗談はその意味を急速に失い、真実味と言う骨子が顔を覗かせた。 「駄目だよ? 昼は私情を挟まないって私と約束したんだから」 「夜だって最近は随分制限かかってるように思えるけど。第一、先にこの話題を振ったのは貴方じゃなくて?」 「忠誠心を試す為だよー、ここで悪ノリされたらちょっと厳しくする、みたいな感じで」 最後の言葉は、真実冗談の言葉だった。何の気休めにもならない冗談だった。 彼女二人の関係を説明するのは、難しい。 主従の関係。ルームメイトの関係。雇い主と傭兵の関係。店主と店員の関係。生死を助けた・助けられた関係。共通目的を見出せる関係。 その出会いも関わりも暗いものの筈なのに、お互い〝そんなこと〟はどうでも良さそうだった。だからきっと、これだけ多様な関係を別の時間に確立させることも容易い。 それはとても崇高なものに見えながら、残酷なものを孕んでいる。 「大丈夫、そのうちいいのと戦わせてあげるから。ここの北勢力、オーダーよりもハードかも」 「それはキリサキ君よりも確上と言うこと?」 その内容の食いつきに対し、返事は素っ気無い。1ミリたりとも心動かされていない。 何故か彼女の食指はそそられなかった様だ。 「そうだね。私嘘つかないよ」 「嘘。所詮見聞の格付けで言ってるでしょう?」 黒いセミロングは、一瞬〝彼のことが好きなんだ〟と言おうとしたが、彼女には全くそのテの冗談が通じない為、ニュアンスごと言葉を修正した。 「やけにキリサキ君の肩を持つんだ?」 「そうね。彼はシークリディス近辺では五本指クラスの強者じゃないかしら? 正道すぎることを除けば悪くないわ」 「……まあ、その五本指の頂点には手も足も出ないわけだけどね」 黒いセミロングは回想した。大陸最強クラスの〝引き篭もり〟のことを。 部屋から出ない狂気の画家、途轍もない力を持つ魔術師のことを。 王国の東塔を任されていながら駄々を捏ね続け、その最上階を我が物として永遠に絵を作り続ける者のことを。 それに関連してその東塔の副長――実質の長――今目の前で話している彼女と自分にとって深い因縁を持つ純白の狩人のことを思い出そうとしたところで、返答が帰ってきた。 「五月蝿いわね。彼は部屋から出られないし、そもそも分野が違うのよ。それにまじないとの戦いはあまり面白くないの」 彼女は対魔術戦が嫌いだ。 何せ下手な相手は瞬殺なので楽しめない。かと言って上級者、極一握りの上級者は時折長引くこともある。が、決着するときははやり呆気無い。 防御にやたら容量を割いて、その余裕のうちに攻撃してくるのが魔術師の基本戦法(スタンダート)だ。つまり、防御にのみ注げば長引かせることが出来る。この〝長引く〟は彼女の望む戦いの〝長引く〟ではないく、面倒なだけのものでしかないので、瞬殺する。 が、その相手が自分にとってかなりレベルの違う上級者だったりすると、攻撃は効かないこっちの回避は追いつかないでこれもまたどうにもならない。彼女にとってそのクラスの使い手は数える程しか居ないのだがその数えるだけの一人がその〝引き篭もり〟だったりする。 「それは言い訳だよ。言い訳するなんてキミらしくないね」 「何でいきなり大陸最強クラスと私の強弱比較になるのよ」 「キミから〝自分の方が戦闘能力で劣っている〟って言葉が聞きたくなっただけだよ」 セミロングの黒髪の女性は、悪戯っぽく笑う。 日常と乖離している世界で、何でもなく日常を感じながら愉快に悪戯に人間的に笑い続ける。 「その点は、確かに認めるわ」 「……あっさりそんなこと言うなんて意外かも……」 「自分で振っておきながら驚かないで頂戴。それに貴方だからこそ、よ。気に障る質問だったわ、程度にもよるけど脆弱が問うならここらへんで息の根を止め終わってる所よ」 群青の女の目は、凍る眼差しだった。怒気は感じられない冷たさなのに、恐怖。 蒼色の眼球から発せられるものは、〝その目を見たものを凍りつかせるような眼差し〟ではない。〝その目で見たものを凍りつかせる眼差し〟だ。 人間と言う種族の本能が、危険を察知する。本能の底から震え上がる。そんな、冗談抜きの、眼差しだ。 黒のセミロングはそれを見て子供さながらにきょとんとしながら、「怖いなあ、もう」、と何時ものように笑いながら、ただそれだけの言葉を返すのだ。 日常が荒廃した世界で無垢に笑い続ける。 日常が映える世界でも無垢に笑い続ける。 白とも黒ともつかない存在。 天使であり悪魔であり。 祝福であり冒涜であり。 オモテとウラを同時に実在させる存在。 死んだ世界に笑えば、悪くて。 生きる世界に笑えば、正しくて。 背景に変わりなく等しいのに、善悪が分離してしまう存在。 その境界を理解することない道化。 その境界を理解することない賢人。 よく解らない。そう説明するしかない存在。 きっと彼女には見えている。 きっと彼女には見えていない。 おそらく常識の見地に、彼女を断言出来るものは無い。 おそらく異常の見地に、彼女を断言出来るものは無い。 Unknown。正真正銘、誰にも解らない存在。 故に彼女に明確な名前は付けられない。 代名詞で表すことを許されるダケ。 故に彼女は、自らを名乗ったのだ。 固有名詞で呼ばれることを望んだタメ。 彼女がどうして名乗り出たのかは解らない。 彼女がどうやって名前を決めたのか解らない。 彼女に元々名前があったのかも解らない。 彼女は元々名前がなかったのかも解らない。 ともかく、 解らない解らない。 そう言って指を指す人々に、彼女は何時か何処かで言ったのだ。 私の名前は×× ×××だよ、と。 だからきっと彼女は、解らない存在なんかじゃなくて。 ×× ×××という存在であることを望んでいるのだろう。 群青の女の絶対零度まで落ちた瞳が、冷えた何時もの瞳に戻っていく。 毒気を抜かれたのか、呆れたのか、単に無駄だと悟ったのかは解らない。 「くだらない話だったわね。早い所、必要なものを買ってしまいしょう?」 「ん、それもそうだね。折角都市圏まで遊びに来たんだし」 二人分だけ、不自然に人ごみが分かれていく。 別段、誰も気に留めない。 彼女達の買い物の取引相手も、彼女達のことをすぐ忘れてしまうだろう。適度に、不自然でない程度に、明確なイメージを失ってしまうだろう。 別段、誰も気に留めない。 そう別段、誰も――。

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