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279 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2006/03/13(月) 22:59:27 ID:???
「ただいま~」
浪馬くんの家から帰ってきた私は、家のドアを開けて玄関の中に入った。
「おかえり、ナナちゃん」
居間の方からお母さんの声が聞こえる。
「もう、ナナちゃんはやめてってば」
その言葉にすかさず私は、いつもの言葉を返す。
(まったく、私が恥ずかしがるのわかってていつもナナちゃんて呼ぶんだから…)
心の中でお母さんに抗議しつつ、私はとりあえず靴を脱いで家に上がる。
「あらあら、今日は帰ってくるの早かったわね」
と居間からお母さんがやってくる。
「うん、浪馬くんがちょっと用事があるからって…」
今日は浪馬くんが用事があるからと言って、今日の勉強は早めに切り上げることになった。
彼は私も一緒に行こうかと言っても連れて行ってくれず、何の用事かも教えてくれなかった。
(用事ってなんだったのかしら…)
その言葉にお母さんは何かに気づいたのか、ふふっと意味深な微笑みを浮かべる。
「な、何よ」
「ナナちゃん…彼の用事に心当たりはある?」
「特にないけど…お母さんは何か知ってるの?」
「ふふっ…さぁ、どうでしょう?」
これまた意味深な言葉を残して、お母さんは居間に戻っていってしまった。
(何なのよ、一体…)
取り残された私は、ふと玄関のカレンダーを見た。
そして、私はあることを思い出した。
(明日はホワイトデー、だったわね…)
…そう。
バレンタインデーのお返しに男性から女性に贈り物をする日。
ふと、バレンタインデーに浪馬くんにチョコを渡したときのことを思い出した。
―浪馬くんと付き合うようになって初めて知った事実。
それは―彼は意外と女の子にモテるという事。
そんな彼に普通に手作りチョコを渡しても余り印象に残らないんじゃないかと考えた私は、
何か強く印象に残るような方法がないかと考え…
そしてバレンタインデーの日、口移しでチョコを渡すという作戦に出た。
作戦は大成功で、浪馬くんはとっても喜んでくれた。
(でも…あ、あれは我ながら大胆だったわね…)
口移ししたときの光景を思い出し、思わず顔が上気してしまう。
「何顔を赤くしてるのかしら、ナナちゃん?」
「きゃっ!?…び、びっくりさせないでよ!」
いつの間にかお母さんが私の顔を覗き込んでいた。
「ふふっ、ごめんなさい」
そう言いつつも、お母さんは少しも悪びれた様子はない。
「…浪馬くんの用事が何か、わかった?」
「うん…」
「浪馬くんのプレゼント、楽しみね」
「そうね、楽しみだわ」
「ナナちゃんにエッチな白いものをたくさんプレゼントしてくれたりして」
「もう、お母さん!」
「きゃ~ナナちゃんこわ~い」
思わず怒鳴った私から逃げるようにお母さんは居間に戻っていってしまった。
(…その光景を想像しちゃったじゃない、もう…)
(べ、別にそれも悪くないけど…)
(それにしても…明日、浪馬くんは何をプレゼントしてくれるのかしら?)
(とても…楽しみだわ)
その夜、私は明日のことが気になってなかなか寝付けなかった…。
248 名前:この花に思いを込めて-1-[sage] 投稿日:2006/03/12(日) 22:52:38 ID:???
「…今日の勉強はこれでおしまいよ」
「はぁ…やっと終わったか」
長時間の勉強がようやく終わり、俺は安堵のため息をついた。
「ふふっ…浪馬くん、お疲れ様」
「七瀬もお疲れ様」
いつもなら二人でゆっくりするところだが、今日は事情が違う。
今日は3月14日…ホワイトデー。
男性から女性にバレンタインデーのお返しをする日。
俺は七瀬にプレゼントを渡すために部屋に予め隠していた荷物を取り出し、
参考書を片付けている七瀬に声をかけた。
「なぁ、七瀬」
「どうしたの、浪馬くん?」
「今日は何の日だか覚えてるか?」
「確か…ホワイトデーよね」
「そうそう…で、俺からバレンタインデーのお返しがあるんだよ」
「えっ、な、何かしら」
七瀬もホワイトデーを楽しみにしていたらしく、期待に満ちた表情をしている。
「これ、七瀬に似合うと思って」
そう言って俺は、七瀬に綺麗にラッピングされた紙袋を手渡した。
「ありがとう…ねぇ、開けてもいいかしら?」
「ああ」
俺が承知すると、七瀬は期待に目を輝かせながら紙袋を開けていく。
そして、その中には…
「これは、カチューシャ?」
純白のフリルがついたカチューシャが入っていた。
「ああ、七瀬に似合うと思って」
「可愛いわね…ありがとう、早速つけてみようかしら」
そう言って七瀬が嬉しそうに笑う。
この笑顔を見れただけで、贈った甲斐があったというものだ。
「はい、これもプレゼント」
カチューシャを付け替えた七瀬に、俺はさっきよりも大きい袋を渡した。
「…?何かしら?」
「そのカチューシャに似合う服を、と思って選んできたんだ」
「嬉しい…」
「早速、着てみてくれないか?」
「うん…着替えてくるから、待っててね」
そう言って七瀬は上機嫌で俺の部屋から出て行った。
―バタン!
七瀬の着替えを待っていると、俺の部屋のドアが乱暴に開かれた。
「ちょっと!この服はいったいどういうことなの!?」
その声に驚いて振り向くと…
白いカチューシャにメイド服といった格好の七瀬が立っていた。
俺の見立てどおり良く似合っている…が、彼女は怒っている気がしなくもない。
「よく似合ってるぞ、七瀬」
「ありがとう…って、そうじゃなくて!
この服はどういうことかって聞いているの!」
「どういうことって…プレゼントだよ」
「だから、何でメイド服なのよ?」
「そりゃ…お前に着て欲しいからだ」
「えっ…」
今まで怒っていた七瀬が戸惑う。
「黙って渡したりせずにちゃんと言えば良かったな…ごめん」
「う、うん…私も思わず怒鳴ったりして悪かったわ…」
「ありがとう、七瀬」
俺が謝ったことで、七瀬は機嫌を直してくれたようだった。
249 名前: この花に思いを込めて-2-[sage] 投稿日:2006/03/12(日) 22:54:21 ID:???
「ところで、その…」
「何だ?」
「浪馬くんのこと『ご主人様』って呼んだ方がいいのかしら?」
「えっ!?」
七瀬の思わぬ提案に、俺は驚きを隠せなかった。
「だって…浪馬くんの持ってた本に、そんな話が…」
内容を思い出したのか、七瀬が頬を染める。
…彼女はこんな時でも優等生ぶりを発揮するらしい。
「じゃあ、お願いしようかな」
「くすっ…はい、ご主人様」
七瀬が微笑んで優雅にお辞儀をする。
…な、なんだか新鮮でどきどきしてくるぜ。
「七瀬」
「何か御用でしょうか、ご主人様?」
「…目を閉じて」
「はい、わかりました」
そう言って七瀬は瞳を閉じた。
ドキドキしているのか、七瀬の頬が紅潮している。
俺は白いキャンディが入った瓶から1個取り出し、口に含んだ。
「七瀬」
「…はい」
「俺から、バレンタインデーのお返し」
「えっ…!?あっ…んっ…」
七瀬の唇に口付けし、キャンディを舌で七瀬の口の中に送り込む。
「ふっ…んむぅ…」
負けじと、俺の舌に七瀬が舌を絡ませて吸ってくる。
「ふふっ…いけないご主人様」
そして、俺は七瀬をもつれ合うようにしてベッドに押し倒した―
「はぁ…あんなに激しくするなんて…」
メイド服姿の七瀬と何度も愛し合った後。
俺達はベッドの中で余韻に浸っていた。
「ははは…七瀬が可愛かったから、つい」
俺の言葉に七瀬はぽっと頬を染め、
「…もう」
とはにかんだような表情になった。
「ねぇ」
「…ん?」
「その…私のメイド姿、どうだった?」
俺の感想が気になったのか、七瀬がおずおずと感想を尋ねてくる。
「とてもメイド服が似合ってて可愛かったよ、それに…」
「それに?」
「七瀬に『ご主人様』って言われて新鮮な感じだった…七瀬はどうだった?」
「…私も、いつもと違う感じがしてドキドキしちゃった」
俺達は顔を見合わせて微笑みを交わす。
「たまには、こういうのも悪くないわね…」
どうやら、七瀬もメイドのコスプレが気に入ってくれたようだった。
250 名前: この花に思いを込めて-3-[sage] 投稿日:2006/03/12(日) 22:55:39 ID:???
…おっと、エッチに夢中で本来の目的を忘れるところだったぜ。
「…七瀬」
「何?」
「ホワイトデーのプレゼントは実はもう一つあるんだ」
「え…?」
「七瀬、これ…」
そういって俺は七瀬に一輪の花を手渡した。
「この花は…アイリス?」
「ああ」
「綺麗ね…」
七瀬はじっとアイリスを見つめていたが、
はっと何かに気がついたのかぽっと頬を染めた。
「…ねぇ、浪馬くん」
「?」
「アイリスの花言葉、言って」
「え!?」
七瀬のことだから花言葉に気づくとは思ってたけど…
さ、流石にそれは照れくさいぞ。
「私はあなたの口からそれを聞きたいの」
七瀬は上目遣いで瞳を期待に輝かせながらおねだりしてくる。
…はっきり言って、俺はこの表情に弱い。
「…『あなたを大切にします』」
「よくできました」
そう言って七瀬は、満面の笑みを浮かべて俺をぎゅっと強く抱きしめた。
「七瀬…これからもお前に迷惑をかけるだろうけど」
「…うん」
「俺、お前のこと大切にするから…これからも一緒にいてくれないか?」
「当然じゃない…だって、私にはあなたがいない生活なんて考えられないもの」
「俺もだ、七瀬…」
「嬉しい…」
不意に、七瀬の瞳から涙が零れ落ちる。
「…ごめんなさい、余りにも嬉しかったものだからつい…ぐすっ」
七瀬も自身の流した涙に気づき、少し罰が悪そうな表情をした。
「いいさ、それだけ嬉しかったんだろ?」
俺の言葉に七瀬はこくりと頷く。
「だったら…好きなだけ泣いていい」
「うん…うん…」
溢れ出す涙を堪えきれなくなった七瀬は、暫く俺の胸の上で泣いていた―
「…落ち着いたか?」
「ええ」
ようやく泣き止んだ七瀬が少し恥ずかしそうにしながら頷いた。
そして、七瀬は自身の手に持っているアイリスの花を見つめる。
「ありがとう…この花は、私にとって最高のプレゼントだわ…
だって、あなたが私への想いを込めて贈ってくれたんだもの」
「七瀬…」
「ねぇ、私のこと大切にするって言ったわよね?」
「…ああ」
「じゃあ、約束のキス…して」
俺は七瀬にゆっくり顔を近づけ、熱い誓いの口付けを交わした―
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254 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2006/03/12(日) 23:03:53 ID:???
ホワイトデーも近付いたある日、ショッピングモールに七瀬と浪馬の姿があった。
「本当にいいの?」
「遠慮するなって。ちょっと早いけど、ホワイトデーのプレゼントだ」
遠慮したように聞く七瀬に、浪馬が笑顔を見せながら答えた。
「わかったわ。それじゃあ、遠慮なく・・・」
浪馬の言葉に、少し遠慮しながらも七瀬も答える。
「た・だ・し!お手柔らかにな!」
「どうしようかしら?ウフフ」
そう言うと、七瀬は、ぬいぐるみの並んでいる棚に向かって行った。
「あっ!これ!かわいい!」
子供のように目を輝かせた七瀬が、棚に並べられているぬいぐるみを丁寧に見ていく。
「こっちも!」
「これも!」
「この子もかわいいわね・・・」
七瀬の目は、次々と新しいぬいぐるみを見つけていき、輝きを増していく。
「うーん、こんなにあると、迷っちゃうわね・・・」
一息ついて、背後のいる浪馬に話しかける。
「ま、ゆっくり選べばいいさ。そのために、早目に来たんだからな」
「そうね。あっ!」
浪馬と話しながらも、新しいぬいぐるみを見つけ、そちらの方に気が行ってしまう様子。
「(ハハハ、子供みたいに目を輝かせてら。普段見れないような、七瀬の姿を見れるし、
こういうプレゼントの仕方もありかな?)」
浪馬がそんなことを考えながら、七瀬を見ている間も、七瀬の物色は終わらない。
「あっ!」
255 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2006/03/12(日) 23:04:37 ID:???
しばらくして、七瀬の動きが止まった。
「・・・」
「お~い?」
「・・・・・・」
「な~な~せ~?」
「・・・・・・・・・」
浪馬の呼びかけにも答えず、真剣に棚を見詰める七瀬。
それでも、浪馬が呼びかけ続ける。
「七瀬さ~ん?」
「・・・うーん・・・」
「決まったか?」
「・・・まだ・・・」
「さっきから見てるけど、その二つで迷ってるのか?」
浪馬の言葉通り、七瀬の両手には一つずつぬいぐるみが握られている。
どちらにするか、迷っているようだ。
「そうなの・・・」
七瀬が迷いをそのまま言葉にする。
「ふ~ん?」
「ねえ?あなたは、どっちがかわいいと思う?」
「へっ?」
「この子とこの子。どっちがかわいい?」
そう言って、七瀬は両手に持ったぬいぐるみを浪馬に見せた。
「俺か?うーん?俺は・・・」
少し考えるような仕草をしつつ、浪馬が答えた。
「こいつかな?」
浪馬が指差したのは、両手にぬいぐるみを持っている七瀬。
キョトンとしたものの、浪馬の指先が自分を指しているのに気付くと、少しだけ
七瀬が頬を染めた。
「も、もう!バカッ!」
そう言ったものの、まんざらでもない様子。
「照れるなよ」
笑いながら、浪馬が言った。
「もう!それで、どっち?」
七瀬は頬を少しだけ膨らませるフリをしながら、浪馬に聞いた。
「う~ん?」
聞かれた浪馬の方も、今度は真剣に考えている。
浪馬の答えを無言で待つ七瀬。
「・・・」
256 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2006/03/12(日) 23:05:15 ID:???
「よし!」
「・・・!」
「両方買ってやる!」
「えっ?」
「予算の範囲内だし、両方買ってやる!」
「本当に!?いいの!?」
浪馬の答えに、七瀬が満面の笑顔を浮かべながら聞き返した。
「(本当に嬉しそうに笑ってら。この笑顔に弱いんだよな・・・)」
浪馬はそう思いながら、七瀬を見た。
しかし、満面の笑みを浮かべていた七瀬の顔は、少し困ったような表情に替わっていた。
「でも・・・悪いわ・・・」
少し俯きながら、七瀬が口を開く。
「遠慮するなって!な?」
七瀬を気遣い、明るい口調で話しかける浪馬。
それでも、七瀬の表情は晴れない。
「でも・・・」
「おいおい・・・」
「やっぱり、この子だけでいい」
そう言うと七瀬は、片方のぬいぐるみを棚の中に戻した。
「遠慮す・・・」
浪馬が言い終わらないうちに、七瀬が答えた。
「いいの!さ、レジに行きましょう?ね?」
それだけ言うと、七瀬はレジの方に歩いていった。
257 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2006/03/12(日) 23:05:53 ID:???
七瀬へのプレゼントも買い終わり、休憩も兼ねて喫茶店に入った二人。
大学の事やこれまでの事などを話している時に不意に浪馬が立ち上がった。
「っと!悪い!ちょっとトイレ!」
「もう!そんな時は、はっきり言わなくていいの!」
「ははっ、じゃ、ちょっと失礼しますよと」
浪馬が姿を消し、しばらくすると、七瀬は退屈そうに窓の外を見たり、カップに淹れられた紅茶を
意味もなくスプーンで混ぜる。
そんな事をしている内に、自分の隣に置いていた浪馬からのプレゼントが目に入った。
「(あ、この子に名前つけようかしら・・・?)」
そう思い、袋からぬいぐるみを取り出し、ジッと考える。
「(・・・うーん?いざとなると、いい名前って浮かばないものね・・・)」
「(そうだ!織屋君に貰ったんだから、彼の名前から字を貰えばいいのよ!
あとは、私の名前からも・・・)」
「(彼の名前が“浪馬”で、私は“七瀬”だから・・・)」
「(・・・!!これって、子供の名前を考えてるみたいじゃない!?)」
「(子供・・・。織屋君と私の子供・・・)」
「(男の子なら・・・彼に似てワンパクな子になりそうね・・・。おまけに、お調子者で、いい加減で、
女性にだらしなくて・・・)」
「(・・・これって、織屋君そのものじゃないの!?)」
「(・・・問題児にならなければいいけど・・・)」
「(そうだわ!女の子なら!)」
「(性格は私に似るのかしら・・・?私の性格って・・・)」
「(融通が利かず、意地っ張りで、おまけに気が強い・・・)」
「(・・・こっちも前途多難になりそうね・・・)」
ぬいぐるみを見つめながら、そんな事を考えている七瀬に、声がかけられた。
258 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2006/03/12(日) 23:07:04 ID:???
「ぬいぐるみ見つめながら、何してるんだ?」
「何って、子ど・・・!?えっ!?お、お帰りなさい!」
七瀬が声のした方を見てみると、不思議そうな顔をした浪馬が立っていた。
「?何かわからねーけど、ただ今・・・?」
そう言いながら、浪馬が自分の席に座る。
「ぬいぐるみ相手に、何してたんだ?」
「べ、別に!なんでもない!ちょっと考え事してただけ!」
「そうか?」
「そうよ!」
「ふーん」
七瀬は浪馬の質問に少しだけ狼狽しながら答え、浪馬の方は、七瀬の様子を不審に思いながらも
納得した様子。
「あら?買い物してたの?」
浪馬の横に置かれた袋に気付き、訊ねた。
「ん?これか?」
一旦置いた袋を持ち上げながら、浪馬が答える。
「何を買ったの?」
「説明するより、見た方が早い」
そう言うと、浪馬は持っていた袋を七瀬に手渡した。
「変なものじゃないでしょうね・・・」
そう言いながら、七瀬は渡された袋の中を覗き込んだ。
「・・・あ!!これっ!」
袋を除いた瞬間、七瀬が驚きの声を上げる。
袋の中に入っていた物は、七瀬が迷った末に諦めた、あのぬいぐるみだった。
「そ。さっきのだよ。ちなみに、そいつもプレゼントだ」
「いいって言ったのに・・・」
「予算内だって言っただろう?」
「でも、ホワイトデーのお返しは・・・」
「んじゃ、そいつは、この一年のお返しだ」
「えっ?」
「この一年、勉強を見てくれたり、メシに掃除に洗濯までしてくれた、七瀬への感謝の気持ちだ」
「これでも、受け取ってくれないか?」
「・・・・・・・・・・・・わかったわ」
「今度は、えらく素直だな?」
「あなたに“感謝の気持ち”なんて言われて、それを断るなんて出来るわけが無いでしょう?」
「そう言って貰えると嬉しいな。サンキュ」
「違うわよ。お礼を言うのは私。ありがとう、織屋君」
それだけ言うと、七瀬は浪馬がくれたぬいぐるみを宝物のようにぎゅっと抱きしめた。
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266 名前:ホワイトデー・イブ(1)[sage] 投稿日:2006/03/13(月) 01:44:09 ID:???
今日は朝から心ここに在らずな状態が続いてしまっている。
部屋の中で勉強をしようとしても全くと言っていいほど身につかず、
ノートに要点を纏めている筈が何故か『浪馬君だ~い好き』とか書きこんでいたりする。
気を紛らわせたくって、本を読みながら落ち着こうかと思い手に取った本が恋愛物……
余計に妄想が暴走してしまい、部屋の中で転がりまわる結果となった。
これではいけないと顔を洗いに行くが、顔を洗っていてもやはり顔がニヤついてしまい、
鏡越しに母の笑う顔を見つけて慌てて真面目な表情を作りなおす事もあった。
気分転換に外に出かけようかと思ったけど、もし外でニヤけた顔をしてるのが浪馬君に見つかったらと思うと
怖くて出かけることもできない。
そう、今日は13日…つまり明日はホワイトデーなのである。
バレンタインデーの時は我ながらちょっと大胆なことをしたかなと思いつつ、
私があれだけの事をしたんだし、浪馬君はどんな事をしてくれるのかなと妄想に浸ってしまった結果が
今日1日の行動そのものであった。
部屋の中で悶々とするのも何だしと思い、リビングのソファーに座り、テレビを見ようと思っても
考えるのは明日のことばかり……
(私があれだけの事をしたんだから、浪馬君は何をしてくれるのかしら?)
(そうねぇ…やっぱり口移しは最低でもやってくれるわよね?)
(となるとその後よねぇ…チョコと違って飴はそう簡単に溶けないから私と浪馬君の間で何回も行き来をさせて…)
(それでも溶けないんだし、長い時間キ…キスを続けるって事で………)
(無論、その後は………うふ…うふふふふっ)
なんて妄想を暴走させていた。
母が見ているのに全く気がついておらず、1人くねくねと身を悶えさせつつ考えていたが、ふと重大なことに気がついた。
(そういえば、明日は浪馬君とデートは確実だと思っていたけど、約束した記憶がないんだけど…)
慌ててスケジュール帖やカレンダーをチェックしてもそんな記述はない。
携帯のメールも確認しようと思ったが、浪馬君は携帯を持ってないから送ってくるわけもなく…
そんなこんなをしている内に、今までは良い方に向かっていた妄想が負の方に急転換をしてしまい……
267 名前:ホワイトデー・イブ(2)[sage] 投稿日:2006/03/13(月) 01:45:16 ID:???
(だ、大丈夫、大丈夫よ…)
(浪馬君の事だからただ単に忘れているだけなんだろうから…)
(でも、浪馬君ってデートの前にはきちんと連絡をくれるはずなんだけどなぁ)
(それに、前日の夜になってから電話でデートに誘われたことも何回もあったじゃない…)
(うん、大丈夫、そのうち連絡があるわよ)
(…でも、もしかして明日は他の人との約束があってそっちを優先するとかだったら)
(そういえば浪馬君って頼まれると嫌って言えない性格だし…)
なんて考えはじめたら、今まで悶えていたのが急に背筋を伸ばし、無意識のうちに真剣な顔で目の前のカップを睨んでいた。
反対側に座り、娘の百面相を見ながらニコニコとしていた母もこれには不審に思いだしてきた。
これは声をかけるべきか考えているうちに、七瀬の負の妄想は止まる所を知らずに大暴走へと進化していく。
(もしかして、私のことって遊びだったのかしら?)
(実は私1人が思いこんでいただけで浪馬君にとっては大多数の一人だったとか…)
(そ、そうよね、彼ってもてるもんね…幼馴染のたまきさんも綺麗だし、部の後輩の夕璃さんもすっごく可愛かったし……)
(ということは、バレンタインのときにあんな事しちゃって『七瀬って馬鹿な女だな』なんて思われてたりして………)
(で、でもでも、浪馬は卒業式の日に告白してくれたじゃない)
(そう、そうよ、私が浪馬君の彼女って事は否定し得ない事実なんだから)
と、一時的に良い方に考えが向いても、やはり妄想の暴走は止まらず
(って事は…彼から連絡がないのは変よね?)
(もしかして病気?いや、事故にあったとか…)
(事故にあって身動きが取れない状態になってたとしたら…それも、大事故で意識が無い状態でいるから連絡できないとか…)
(そうよね、私はまだ親族じゃないから病院からの連絡だって無いのも仕方が無いことなのよね)
(ならビックホリデーの叔父さんのところに連絡をいれて…だめだめ、もし彼が私に心配かけないように連絡を止めていたとしたら…)
(でも、その間にたまきさんや夕璃さんが看病しているなんておかしいじゃない)
(つまり私ってやっぱり浪馬君の友達の1人って事だから連絡もくれないのかなぁ……)
無論、浪馬は事故にもあってなければ病気にもなっていない。
全て七瀬の妄想が根幹にあるのだが何よりそれにすら気がついていない。
ただただ勝手に妄想し、暴走し、それが元でまた妄想し、暴走する無限循環に囚われているだけであった。
真っ青な顔になりつつブツブツ言い出した娘を心配した母が、恐る恐る声をかけてみる。
「あの~~~…ナナちゃん?どうしちゃったのか………ヒィ(ビクッ)」
物凄い顔で睨まれてしまい、言葉を続けることができなかった。
ならば、何を言ってるか聞いてみようと、そっと近寄ると
「浪馬君が…」「いや、ダメダメ…」「私って遊びだったの?」「会いに行くべき……」
等が聞き取れた。
268 名前:ホワイトデー・イブ(3)[sage] 投稿日:2006/03/13(月) 01:46:01 ID:???
ここで、娘の状態とカレンダーを見てある程度把握し、これはと一肌脱ぐことにした。
そっと部屋を抜け出し、まずは浪馬君の部屋に電話をかけた。
浪馬 :「はい織屋ですけど」
七瀬母:「あ、浪馬くん?いつも娘がお世話になって…七瀬の母です」
浪馬 :「あ、どうも…」(と言いつつ戸惑いを隠せない)
七瀬母:「急に電話してゴメンナサイね…ちょ~~~っとお願いがあったんだけどお願いできるかなぁ?」
浪馬 :「はぁ…俺にできることでしたら……」(何を言われるかちょっと警戒している)
七瀬母:「実はね、明日のことなんだけどぉ~~、とっととナナちゃんをデートに誘って欲しいの」
浪馬 :「…へっ?」(完全に虚をつかれた)
七瀬母:「だって、明日はホワイトデーでしょ?無論ナナちゃんとデートするんだろうからすぐに誘ってあげて欲しいの」
浪馬 :「えっと……たしか俺の記憶が確かならこの前の日曜日には、14日に会う約束をした記憶があるんですけど…」
七瀬母:「え?だってナナちゃん、浪馬君から誘ってもらってないようなこと言ってたわよ?」
浪馬 :「う~~~ん…家まで送って別れ際にきちんと言ったはずなんだけどなぁ……」
七瀬母:「あ、そういえばそんな事言ってたわねぇ、キスした後に(ニヤニヤ)」
浪馬 :「な、何で知ってるんですか?(アセアセ)」
七瀬母:「もちろん見てたからに決まってるじゃない…ダメよ、玄関前なんて誰が見てるか判らないんですからね」
浪馬 :「は、はぁ…気をつけます」
七瀬母:「ってことは、ただ単にキスされて呆けちゃったナナちゃんが度忘れしちゃってるだけって事なのか…全くしょうがない子ねぇ…」
浪馬 :「あの…なんかイマイチ話が見えないんですけど?」
七瀬母:「ん?あぁ気にしないで……で、改めてでいいから誘ってあげて欲しいの」
浪馬 :「そりゃ、元から会う予定なんですから構いませんけど…」
七瀬母:「あ、ナナちゃんが何言っても反論しちゃダメだからね。今誘うのが始めてだって事にしてあげてね」
浪馬 :「何がなんだかイマイチ判らないんですけど、まぁいいですよ」
七瀬母:「そう?ありがとうね、すぐにナナちゃん呼んで来るからちょっと待っててね」
浪馬 :「はぁ…」
そして、部屋に戻ると…出ていく前の200%増しで負の方向に暴走している娘の姿が目に入った。
(全くしょうがない娘ねぇ…)と思いつつ、無理やり現実に引き戻す。
七瀬母:「ナナちゃん、ナナちゃん、ナナちゃんってばぁ~」(ゆっさゆっさゆっさ)
七瀬 :「……(ハッ)な、なに、お母さんどうしたの?私は忙しいんだけど」
七瀬母:「えっとね、織屋くんから電話なんだけど…忙しいのなら後にしてもらう?」
七瀬 :「なっ!そ、そんなこと無いわ、まま待たせちゃいけないわよね」
いそいそと電話に向かう七瀬、それを見送る母。
そして、妙に明るい罵声と了承の声がリビングまで聞こえてきた。
電話を切り、先ほどと打って変わってニッコニコ状態の、それも殆どスキップ状態でリビングに戻ってきた娘に声をかける。
269 名前:ホワイトデー・イブ(END)[sage] 投稿日:2006/03/13(月) 01:47:13 ID:???
七瀬母:「ねぇナナちゃん、織屋くんは何だって?」
七瀬 :「え?あぁ…えっとね、ちょっと聞きたいことがあったんだって。全くそんな些細なことで連絡してくるなんてしょうがないわよねぇ」
七瀬母:「ふ~ん、そうなんだ…その割にずいぶんと楽しそうじゃない?」
七瀬 :「き、気のせいよ、変な事言わないでよね、もう~~」
七瀬母:「そう、気のせいなのか…あ、そうだ、明日なんだけどさぁ、ちょっとお願いがあっ…」
七瀬 :「あ、明日はもう予定が入っちゃってるからお手伝いできないの…うん、ゴメンナサイ」
七瀬母:「そうなの?困ったわねぇ…あ、そうだ、なら織屋くんにお願いしてみようかしら」
七瀬 :「なっ…なんでそこで織屋君が出てくるのよ!」
七瀬母:「うんとねぇ~…ナナちゃんの彼氏って事は私の息子になるって事なんだし、織屋くんって優しそうだから母親の言うことなら聞いてくれるんじゃないかな~~って思って(ニッコリ)」
七瀬 :「だから何でそうなるのかって…もういい、言っても無駄だもんね(ハァ)」
七瀬母:「えぇ~~…ママ変な事なんて言ってないよぉ~~~」
七瀬 :「と・に・か・く!、彼だって明日は忙しいのだから織屋君に変な事言うのは禁止ですからね。」
七瀬母:「あれ?なんでナナちゃんが織屋くんが明日忙しいなんて知ってるの?」
七瀬 :「ど、どうでもいいじゃないそんな事…(アセアセ)、普段から忙しいんだから無理矢理頼んじゃダメだからね!絶対だからね!わかった!?」
七瀬母:「は~いッ(クスクス)わかりました~~(ニヤニヤ)」
七瀬 :「もう…ホントにわかってるのかなぁ…私は部屋に戻るけど絶対だからね!」
七瀬母:「はいはい、判ってますって、ご飯が出きるまで部屋でゆっくりしてなさい」
……部屋に戻った七瀬は、必死になって真面目な顔をしていた(つもり)のを(もっと)ゆるめた。
そしてベッドに飛びこむなりまた妄想を開始してしまった。
(やっぱり私だけの浪馬だもん、当然よね)
(早く明日にならないかな)
(やっぱり待ち合わせ時間、もっと早いほうがよかったかしら?)
(でも、あんまり早いと、彼の部屋に行った後…きゃ~きゃ~きゃ~~)
(あれ?そういえば明日着て行く服ってまだ決めてなかったような…)
ガバっと起き上がり、そのままクローゼットの前に飛んでいき服を物色し出す七瀬。
そしてあ~でもない、こ~でもないと独り言を言いながらドタバタと騒がしくなっていった。
……その様子をリビングから伺っていた七瀬母は
(全く…しっかりしてるのだか、ぬけてるのだか、一体誰に似たのかしらねぇ~~)
等と思いつつ、お茶を啜るのであった。
274 名前:ホワイトデー・イブ(おまけ)[sage] 投稿日:2006/03/13(月) 12:50:50 ID:???
夕飯時、七瀬はいつもの如く両親と食事を取っていた。
ただし、七瀬の頭の中は明日の事でいっぱいになっており、ボーッっとしたと思ったらニヤニヤと笑い出し、
身悶えしてみたと思ったら現実に戻って、赤面しつつ冷静さを装うということの繰り返しであった。
ママンは事情を把握しているので、その光景をニコニコとしながら見ているのだが、
全く事情が判らないパパンは、目を白黒させて唖然呆然状態で注意すべきかどうか悩んでしまっていた。
直接聞くのが筋かと思ったが、ママンは笑ってるということは事情を知っているのでは?と判断し、小声て尋ねる事にした。
パパン:「なぁ母さん」
ママン:「ん?どうしました?」
パパン:「七瀬、なんか変じゃないか?」
ママン:「そうですか?…(七瀬の方を見る)…幸せそうで良いじゃないですか」
パパン:「いや、そうは言ってもだな…母さんはアレが幸せそうに見えるのか?」
ママン:「もちろんですよ!きっとナナちゃんの頭の中では、織屋くんとあ~~んな事やこ~~~んな事をしちゃってて、ああなってるんだと思いますよ」
パパン:「ってことは、織屋くんとなにかあったのか?」
ママン:「あったのか?じゃなく、そうなることを望んでああなっちゃってるんだと思いますよ」
パパン:「…………そ、それは喜ぶべきことなのか?」
ママン:「もっちろんですとも!それともお父さんはナナちゃんが幸せになるのに反対なんですか?」
パパン:「いや、そんな事は考えてないが…でもアレだぞ?」
七瀬を見つめるパパン。
すると現実に戻り、冷静さを装おうとしていた七瀬と目が合ってしまった。
七瀬:「な、なあにお父さん?私のことじっと見つめちゃって…なんか変なことあったの?」
パパン:「いや、変って言われれば変か…」
ママン:「やぁねぇ~お父さんったら。もう酔っ払っちゃったの?それとも娘が可愛くて見とれちゃったのかなぁ?」
と、ママンが強引に会話を切ってしまう。
そして、パパンの目を見て『もし、ここでなにか変な事を言ったらお小遣いカットよ』とアイコンタクト。
パパンの方は、そこまで言われているとは思ってはいなかったが、何か嫌な予感がしたので違う話題をふってみた。
パパン:「そ、そういえば、ウチの部下が明日は大変だなっていってたなぁ~」
ママン:「なにが大変なんですか?」
パパン:「ほら明日ってホワイトデーだろ」
七瀬:(びくっ!)
ママン:「ええ、そうね」
パパン:「なんでも今のご時世、チョコをくれた女の子には3倍返しが普通だとか言っててな、そうなると何を返せば良いかって…」
七瀬:(3倍返し?それが普通??って事は口移しの3倍って事で…それって…それって……)
頭から湯気が出るのではないかと思うくらいに顔は、いや、首筋まで真っ赤になりつつ、
それでも自分は冷静ですってポーズを取ろうと努力している七瀬を見て、ママンがトドメの一言。
ママン:「なら身体で返すのが一番だって教えてあげれば良いじゃないですか?」
七瀬:(え?身体でって…それって……あ、あは、あはははは……キュ~~~ッ)バタンッ!
七瀬は、そのまま後に倒れてしまった。
顔は真っ赤になりつつも、幸せ過ぎる満面の笑顔のまま…
それを見てママンは「この子ったら…まぁ幸せな夢を中断させるのは罪ね。お父さん、ナナちゃんを部屋まで運んでくれませんか?」
とパパンにお願いする。
パパンは事情を微妙に理解していないのだけど、とりあえずはという事で七瀬を部屋のベッドまで運んでいった。
そして戻ってくるとママンがパパンに一言「あ、お父さん、来月の小遣いカットね」とニッコリ。
……何が難だかわからないうちに小遣いを減らされて途方に暮れるパパンでした。
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254 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2006/03/12(日) 23:03:53 ID:???
ホワイトデーも近付いたある日、ショッピングモールに七瀬と浪馬の姿があった。
「本当にいいの?」
「遠慮するなって。ちょっと早いけど、ホワイトデーのプレゼントだ」
遠慮したように聞く七瀬に、浪馬が笑顔を見せながら答えた。
「わかったわ。それじゃあ、遠慮なく・・・」
浪馬の言葉に、少し遠慮しながらも七瀬も答える。
「た・だ・し!お手柔らかにな!」
「どうしようかしら?ウフフ」
そう言うと、七瀬は、ぬいぐるみの並んでいる棚に向かって行った。
「あっ!これ!かわいい!」
子供のように目を輝かせた七瀬が、棚に並べられているぬいぐるみを丁寧に見ていく。
「こっちも!」
「これも!」
「この子もかわいいわね・・・」
七瀬の目は、次々と新しいぬいぐるみを見つけていき、輝きを増していく。
「うーん、こんなにあると、迷っちゃうわね・・・」
一息ついて、背後のいる浪馬に話しかける。
「ま、ゆっくり選べばいいさ。そのために、早目に来たんだからな」
「そうね。あっ!」
浪馬と話しながらも、新しいぬいぐるみを見つけ、そちらの方に気が行ってしまう様子。
「(ハハハ、子供みたいに目を輝かせてら。普段見れないような、七瀬の姿を見れるし、
こういうプレゼントの仕方もありかな?)」
浪馬がそんなことを考えながら、七瀬を見ている間も、七瀬の物色は終わらない。
「あっ!」
255 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2006/03/12(日) 23:04:37 ID:???
しばらくして、七瀬の動きが止まった。
「・・・」
「お~い?」
「・・・・・・」
「な~な~せ~?」
「・・・・・・・・・」
浪馬の呼びかけにも答えず、真剣に棚を見詰める七瀬。
それでも、浪馬が呼びかけ続ける。
「七瀬さ~ん?」
「・・・うーん・・・」
「決まったか?」
「・・・まだ・・・」
「さっきから見てるけど、その二つで迷ってるのか?」
浪馬の言葉通り、七瀬の両手には一つずつぬいぐるみが握られている。
どちらにするか、迷っているようだ。
「そうなの・・・」
七瀬が迷いをそのまま言葉にする。
「ふ~ん?」
「ねえ?あなたは、どっちがかわいいと思う?」
「へっ?」
「この子とこの子。どっちがかわいい?」
そう言って、七瀬は両手に持ったぬいぐるみを浪馬に見せた。
「俺か?うーん?俺は・・・」
少し考えるような仕草をしつつ、浪馬が答えた。
「こいつかな?」
浪馬が指差したのは、両手にぬいぐるみを持っている七瀬。
キョトンとしたものの、浪馬の指先が自分を指しているのに気付くと、少しだけ
七瀬が頬を染めた。
「も、もう!バカッ!」
そう言ったものの、まんざらでもない様子。
「照れるなよ」
笑いながら、浪馬が言った。
「もう!それで、どっち?」
七瀬は頬を少しだけ膨らませるフリをしながら、浪馬に聞いた。
「う~ん?」
聞かれた浪馬の方も、今度は真剣に考えている。
浪馬の答えを無言で待つ七瀬。
「・・・」
256 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2006/03/12(日) 23:05:15 ID:???
「よし!」
「・・・!」
「両方買ってやる!」
「えっ?」
「予算の範囲内だし、両方買ってやる!」
「本当に!?いいの!?」
浪馬の答えに、七瀬が満面の笑顔を浮かべながら聞き返した。
「(本当に嬉しそうに笑ってら。この笑顔に弱いんだよな・・・)」
浪馬はそう思いながら、七瀬を見た。
しかし、満面の笑みを浮かべていた七瀬の顔は、少し困ったような表情に替わっていた。
「でも・・・悪いわ・・・」
少し俯きながら、七瀬が口を開く。
「遠慮するなって!な?」
七瀬を気遣い、明るい口調で話しかける浪馬。
それでも、七瀬の表情は晴れない。
「でも・・・」
「おいおい・・・」
「やっぱり、この子だけでいい」
そう言うと七瀬は、片方のぬいぐるみを棚の中に戻した。
「遠慮す・・・」
浪馬が言い終わらないうちに、七瀬が答えた。
「いいの!さ、レジに行きましょう?ね?」
それだけ言うと、七瀬はレジの方に歩いていった。
257 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2006/03/12(日) 23:05:53 ID:???
七瀬へのプレゼントも買い終わり、休憩も兼ねて喫茶店に入った二人。
大学の事やこれまでの事などを話している時に不意に浪馬が立ち上がった。
「っと!悪い!ちょっとトイレ!」
「もう!そんな時は、はっきり言わなくていいの!」
「ははっ、じゃ、ちょっと失礼しますよと」
浪馬が姿を消し、しばらくすると、七瀬は退屈そうに窓の外を見たり、カップに淹れられた紅茶を
意味もなくスプーンで混ぜる。
そんな事をしている内に、自分の隣に置いていた浪馬からのプレゼントが目に入った。
「(あ、この子に名前つけようかしら・・・?)」
そう思い、袋からぬいぐるみを取り出し、ジッと考える。
「(・・・うーん?いざとなると、いい名前って浮かばないものね・・・)」
「(そうだ!織屋君に貰ったんだから、彼の名前から字を貰えばいいのよ!
あとは、私の名前からも・・・)」
「(彼の名前が“浪馬”で、私は“七瀬”だから・・・)」
「(・・・!!これって、子供の名前を考えてるみたいじゃない!?)」
「(子供・・・。織屋君と私の子供・・・)」
「(男の子なら・・・彼に似てワンパクな子になりそうね・・・。おまけに、お調子者で、いい加減で、
女性にだらしなくて・・・)」
「(・・・これって、織屋君そのものじゃないの!?)」
「(・・・問題児にならなければいいけど・・・)」
「(そうだわ!女の子なら!)」
「(性格は私に似るのかしら・・・?私の性格って・・・)」
「(融通が利かず、意地っ張りで、おまけに気が強い・・・)」
「(・・・こっちも前途多難になりそうね・・・)」
ぬいぐるみを見つめながら、そんな事を考えている七瀬に、声がかけられた。
258 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2006/03/12(日) 23:07:04 ID:???
「ぬいぐるみ見つめながら、何してるんだ?」
「何って、子ど・・・!?えっ!?お、お帰りなさい!」
七瀬が声のした方を見てみると、不思議そうな顔をした浪馬が立っていた。
「?何かわからねーけど、ただ今・・・?」
そう言いながら、浪馬が自分の席に座る。
「ぬいぐるみ相手に、何してたんだ?」
「べ、別に!なんでもない!ちょっと考え事してただけ!」
「そうか?」
「そうよ!」
「ふーん」
七瀬は浪馬の質問に少しだけ狼狽しながら答え、浪馬の方は、七瀬の様子を不審に思いながらも
納得した様子。
「あら?買い物してたの?」
浪馬の横に置かれた袋に気付き、訊ねた。
「ん?これか?」
一旦置いた袋を持ち上げながら、浪馬が答える。
「何を買ったの?」
「説明するより、見た方が早い」
そう言うと、浪馬は持っていた袋を七瀬に手渡した。
「変なものじゃないでしょうね・・・」
そう言いながら、七瀬は渡された袋の中を覗き込んだ。
「・・・あ!!これっ!」
袋を除いた瞬間、七瀬が驚きの声を上げる。
袋の中に入っていた物は、七瀬が迷った末に諦めた、あのぬいぐるみだった。
「そ。さっきのだよ。ちなみに、そいつもプレゼントだ」
「いいって言ったのに・・・」
「予算内だって言っただろう?」
「でも、ホワイトデーのお返しは・・・」
「んじゃ、そいつは、この一年のお返しだ」
「えっ?」
「この一年、勉強を見てくれたり、メシに掃除に洗濯までしてくれた、七瀬への感謝の気持ちだ」
「これでも、受け取ってくれないか?」
「・・・・・・・・・・・・わかったわ」
「今度は、えらく素直だな?」
「あなたに“感謝の気持ち”なんて言われて、それを断るなんて出来るわけが無いでしょう?」
「そう言って貰えると嬉しいな。サンキュ」
「違うわよ。お礼を言うのは私。ありがとう、織屋君」
それだけ言うと、七瀬は浪馬がくれたぬいぐるみを宝物のようにぎゅっと抱きしめた。
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266 名前:ホワイトデー・イブ(1)[sage] 投稿日:2006/03/13(月) 01:44:09 ID:???
今日は朝から心ここに在らずな状態が続いてしまっている。
部屋の中で勉強をしようとしても全くと言っていいほど身につかず、
ノートに要点を纏めている筈が何故か『浪馬君だ~い好き』とか書きこんでいたりする。
気を紛らわせたくって、本を読みながら落ち着こうかと思い手に取った本が恋愛物……
余計に妄想が暴走してしまい、部屋の中で転がりまわる結果となった。
これではいけないと顔を洗いに行くが、顔を洗っていてもやはり顔がニヤついてしまい、
鏡越しに母の笑う顔を見つけて慌てて真面目な表情を作りなおす事もあった。
気分転換に外に出かけようかと思ったけど、もし外でニヤけた顔をしてるのが浪馬君に見つかったらと思うと
怖くて出かけることもできない。
そう、今日は13日…つまり明日はホワイトデーなのである。
バレンタインデーの時は我ながらちょっと大胆なことをしたかなと思いつつ、
私があれだけの事をしたんだし、浪馬君はどんな事をしてくれるのかなと妄想に浸ってしまった結果が
今日1日の行動そのものであった。
部屋の中で悶々とするのも何だしと思い、リビングのソファーに座り、テレビを見ようと思っても
考えるのは明日のことばかり……
(私があれだけの事をしたんだから、浪馬君は何をしてくれるのかしら?)
(そうねぇ…やっぱり口移しは最低でもやってくれるわよね?)
(となるとその後よねぇ…チョコと違って飴はそう簡単に溶けないから私と浪馬君の間で何回も行き来をさせて…)
(それでも溶けないんだし、長い時間キ…キスを続けるって事で………)
(無論、その後は………うふ…うふふふふっ)
なんて妄想を暴走させていた。
母が見ているのに全く気がついておらず、1人くねくねと身を悶えさせつつ考えていたが、ふと重大なことに気がついた。
(そういえば、明日は浪馬君とデートは確実だと思っていたけど、約束した記憶がないんだけど…)
慌ててスケジュール帖やカレンダーをチェックしてもそんな記述はない。
携帯のメールも確認しようと思ったが、浪馬君は携帯を持ってないから送ってくるわけもなく…
そんなこんなをしている内に、今までは良い方に向かっていた妄想が負の方に急転換をしてしまい……
267 名前:ホワイトデー・イブ(2)[sage] 投稿日:2006/03/13(月) 01:45:16 ID:???
(だ、大丈夫、大丈夫よ…)
(浪馬君の事だからただ単に忘れているだけなんだろうから…)
(でも、浪馬君ってデートの前にはきちんと連絡をくれるはずなんだけどなぁ)
(それに、前日の夜になってから電話でデートに誘われたことも何回もあったじゃない…)
(うん、大丈夫、そのうち連絡があるわよ)
(…でも、もしかして明日は他の人との約束があってそっちを優先するとかだったら)
(そういえば浪馬君って頼まれると嫌って言えない性格だし…)
なんて考えはじめたら、今まで悶えていたのが急に背筋を伸ばし、無意識のうちに真剣な顔で目の前のカップを睨んでいた。
反対側に座り、娘の百面相を見ながらニコニコとしていた母もこれには不審に思いだしてきた。
これは声をかけるべきか考えているうちに、七瀬の負の妄想は止まる所を知らずに大暴走へと進化していく。
(もしかして、私のことって遊びだったのかしら?)
(実は私1人が思いこんでいただけで浪馬君にとっては大多数の一人だったとか…)
(そ、そうよね、彼ってもてるもんね…幼馴染のたまきさんも綺麗だし、部の後輩の夕璃さんもすっごく可愛かったし……)
(ということは、バレンタインのときにあんな事しちゃって『七瀬って馬鹿な女だな』なんて思われてたりして………)
(で、でもでも、浪馬は卒業式の日に告白してくれたじゃない)
(そう、そうよ、私が浪馬君の彼女って事は否定し得ない事実なんだから)
と、一時的に良い方に考えが向いても、やはり妄想の暴走は止まらず
(って事は…彼から連絡がないのは変よね?)
(もしかして病気?いや、事故にあったとか…)
(事故にあって身動きが取れない状態になってたとしたら…それも、大事故で意識が無い状態でいるから連絡できないとか…)
(そうよね、私はまだ親族じゃないから病院からの連絡だって無いのも仕方が無いことなのよね)
(ならビックホリデーの叔父さんのところに連絡をいれて…だめだめ、もし彼が私に心配かけないように連絡を止めていたとしたら…)
(でも、その間にたまきさんや夕璃さんが看病しているなんておかしいじゃない)
(つまり私ってやっぱり浪馬君の友達の1人って事だから連絡もくれないのかなぁ……)
無論、浪馬は事故にもあってなければ病気にもなっていない。
全て七瀬の妄想が根幹にあるのだが何よりそれにすら気がついていない。
ただただ勝手に妄想し、暴走し、それが元でまた妄想し、暴走する無限循環に囚われているだけであった。
真っ青な顔になりつつブツブツ言い出した娘を心配した母が、恐る恐る声をかけてみる。
「あの~~~…ナナちゃん?どうしちゃったのか………ヒィ(ビクッ)」
物凄い顔で睨まれてしまい、言葉を続けることができなかった。
ならば、何を言ってるか聞いてみようと、そっと近寄ると
「浪馬君が…」「いや、ダメダメ…」「私って遊びだったの?」「会いに行くべき……」
等が聞き取れた。
268 名前:ホワイトデー・イブ(3)[sage] 投稿日:2006/03/13(月) 01:46:01 ID:???
ここで、娘の状態とカレンダーを見てある程度把握し、これはと一肌脱ぐことにした。
そっと部屋を抜け出し、まずは浪馬君の部屋に電話をかけた。
浪馬 :「はい織屋ですけど」
七瀬母:「あ、浪馬くん?いつも娘がお世話になって…七瀬の母です」
浪馬 :「あ、どうも…」(と言いつつ戸惑いを隠せない)
七瀬母:「急に電話してゴメンナサイね…ちょ~~~っとお願いがあったんだけどお願いできるかなぁ?」
浪馬 :「はぁ…俺にできることでしたら……」(何を言われるかちょっと警戒している)
七瀬母:「実はね、明日のことなんだけどぉ~~、とっととナナちゃんをデートに誘って欲しいの」
浪馬 :「…へっ?」(完全に虚をつかれた)
七瀬母:「だって、明日はホワイトデーでしょ?無論ナナちゃんとデートするんだろうからすぐに誘ってあげて欲しいの」
浪馬 :「えっと……たしか俺の記憶が確かならこの前の日曜日には、14日に会う約束をした記憶があるんですけど…」
七瀬母:「え?だってナナちゃん、浪馬君から誘ってもらってないようなこと言ってたわよ?」
浪馬 :「う~~~ん…家まで送って別れ際にきちんと言ったはずなんだけどなぁ……」
七瀬母:「あ、そういえばそんな事言ってたわねぇ、キスした後に(ニヤニヤ)」
浪馬 :「な、何で知ってるんですか?(アセアセ)」
七瀬母:「もちろん見てたからに決まってるじゃない…ダメよ、玄関前なんて誰が見てるか判らないんですからね」
浪馬 :「は、はぁ…気をつけます」
七瀬母:「ってことは、ただ単にキスされて呆けちゃったナナちゃんが度忘れしちゃってるだけって事なのか…全くしょうがない子ねぇ…」
浪馬 :「あの…なんかイマイチ話が見えないんですけど?」
七瀬母:「ん?あぁ気にしないで……で、改めてでいいから誘ってあげて欲しいの」
浪馬 :「そりゃ、元から会う予定なんですから構いませんけど…」
七瀬母:「あ、ナナちゃんが何言っても反論しちゃダメだからね。今誘うのが始めてだって事にしてあげてね」
浪馬 :「何がなんだかイマイチ判らないんですけど、まぁいいですよ」
七瀬母:「そう?ありがとうね、すぐにナナちゃん呼んで来るからちょっと待っててね」
浪馬 :「はぁ…」
そして、部屋に戻ると…出ていく前の200%増しで負の方向に暴走している娘の姿が目に入った。
(全くしょうがない娘ねぇ…)と思いつつ、無理やり現実に引き戻す。
七瀬母:「ナナちゃん、ナナちゃん、ナナちゃんってばぁ~」(ゆっさゆっさゆっさ)
七瀬 :「……(ハッ)な、なに、お母さんどうしたの?私は忙しいんだけど」
七瀬母:「えっとね、織屋くんから電話なんだけど…忙しいのなら後にしてもらう?」
七瀬 :「なっ!そ、そんなこと無いわ、まま待たせちゃいけないわよね」
いそいそと電話に向かう七瀬、それを見送る母。
そして、妙に明るい罵声と了承の声がリビングまで聞こえてきた。
電話を切り、先ほどと打って変わってニッコニコ状態の、それも殆どスキップ状態でリビングに戻ってきた娘に声をかける。
269 名前:ホワイトデー・イブ(END)[sage] 投稿日:2006/03/13(月) 01:47:13 ID:???
七瀬母:「ねぇナナちゃん、織屋くんは何だって?」
七瀬 :「え?あぁ…えっとね、ちょっと聞きたいことがあったんだって。全くそんな些細なことで連絡してくるなんてしょうがないわよねぇ」
七瀬母:「ふ~ん、そうなんだ…その割にずいぶんと楽しそうじゃない?」
七瀬 :「き、気のせいよ、変な事言わないでよね、もう~~」
七瀬母:「そう、気のせいなのか…あ、そうだ、明日なんだけどさぁ、ちょっとお願いがあっ…」
七瀬 :「あ、明日はもう予定が入っちゃってるからお手伝いできないの…うん、ゴメンナサイ」
七瀬母:「そうなの?困ったわねぇ…あ、そうだ、なら織屋くんにお願いしてみようかしら」
七瀬 :「なっ…なんでそこで織屋君が出てくるのよ!」
七瀬母:「うんとねぇ~…ナナちゃんの彼氏って事は私の息子になるって事なんだし、織屋くんって優しそうだから母親の言うことなら聞いてくれるんじゃないかな~~って思って(ニッコリ)」
七瀬 :「だから何でそうなるのかって…もういい、言っても無駄だもんね(ハァ)」
七瀬母:「えぇ~~…ママ変な事なんて言ってないよぉ~~~」
七瀬 :「と・に・か・く!、彼だって明日は忙しいのだから織屋君に変な事言うのは禁止ですからね。」
七瀬母:「あれ?なんでナナちゃんが織屋くんが明日忙しいなんて知ってるの?」
七瀬 :「ど、どうでもいいじゃないそんな事…(アセアセ)、普段から忙しいんだから無理矢理頼んじゃダメだからね!絶対だからね!わかった!?」
七瀬母:「は~いッ(クスクス)わかりました~~(ニヤニヤ)」
七瀬 :「もう…ホントにわかってるのかなぁ…私は部屋に戻るけど絶対だからね!」
七瀬母:「はいはい、判ってますって、ご飯が出きるまで部屋でゆっくりしてなさい」
……部屋に戻った七瀬は、必死になって真面目な顔をしていた(つもり)のを(もっと)ゆるめた。
そしてベッドに飛びこむなりまた妄想を開始してしまった。
(やっぱり私だけの浪馬だもん、当然よね)
(早く明日にならないかな)
(やっぱり待ち合わせ時間、もっと早いほうがよかったかしら?)
(でも、あんまり早いと、彼の部屋に行った後…きゃ~きゃ~きゃ~~)
(あれ?そういえば明日着て行く服ってまだ決めてなかったような…)
ガバっと起き上がり、そのままクローゼットの前に飛んでいき服を物色し出す七瀬。
そしてあ~でもない、こ~でもないと独り言を言いながらドタバタと騒がしくなっていった。
……その様子をリビングから伺っていた七瀬母は
(全く…しっかりしてるのだか、ぬけてるのだか、一体誰に似たのかしらねぇ~~)
等と思いつつ、お茶を啜るのであった。
274 名前:ホワイトデー・イブ(おまけ)[sage] 投稿日:2006/03/13(月) 12:50:50 ID:???
夕飯時、七瀬はいつもの如く両親と食事を取っていた。
ただし、七瀬の頭の中は明日の事でいっぱいになっており、ボーッっとしたと思ったらニヤニヤと笑い出し、
身悶えしてみたと思ったら現実に戻って、赤面しつつ冷静さを装うということの繰り返しであった。
ママンは事情を把握しているので、その光景をニコニコとしながら見ているのだが、
全く事情が判らないパパンは、目を白黒させて唖然呆然状態で注意すべきかどうか悩んでしまっていた。
直接聞くのが筋かと思ったが、ママンは笑ってるということは事情を知っているのでは?と判断し、小声て尋ねる事にした。
パパン:「なぁ母さん」
ママン:「ん?どうしました?」
パパン:「七瀬、なんか変じゃないか?」
ママン:「そうですか?…(七瀬の方を見る)…幸せそうで良いじゃないですか」
パパン:「いや、そうは言ってもだな…母さんはアレが幸せそうに見えるのか?」
ママン:「もちろんですよ!きっとナナちゃんの頭の中では、織屋くんとあ~~んな事やこ~~~んな事をしちゃってて、ああなってるんだと思いますよ」
パパン:「ってことは、織屋くんとなにかあったのか?」
ママン:「あったのか?じゃなく、そうなることを望んでああなっちゃってるんだと思いますよ」
パパン:「…………そ、それは喜ぶべきことなのか?」
ママン:「もっちろんですとも!それともお父さんはナナちゃんが幸せになるのに反対なんですか?」
パパン:「いや、そんな事は考えてないが…でもアレだぞ?」
七瀬を見つめるパパン。
すると現実に戻り、冷静さを装おうとしていた七瀬と目が合ってしまった。
七瀬:「な、なあにお父さん?私のことじっと見つめちゃって…なんか変なことあったの?」
パパン:「いや、変って言われれば変か…」
ママン:「やぁねぇ~お父さんったら。もう酔っ払っちゃったの?それとも娘が可愛くて見とれちゃったのかなぁ?」
と、ママンが強引に会話を切ってしまう。
そして、パパンの目を見て『もし、ここでなにか変な事を言ったらお小遣いカットよ』とアイコンタクト。
パパンの方は、そこまで言われているとは思ってはいなかったが、何か嫌な予感がしたので違う話題をふってみた。
パパン:「そ、そういえば、ウチの部下が明日は大変だなっていってたなぁ~」
ママン:「なにが大変なんですか?」
パパン:「ほら明日ってホワイトデーだろ」
七瀬:(びくっ!)
ママン:「ええ、そうね」
パパン:「なんでも今のご時世、チョコをくれた女の子には3倍返しが普通だとか言っててな、そうなると何を返せば良いかって…」
七瀬:(3倍返し?それが普通??って事は口移しの3倍って事で…それって…それって……)
頭から湯気が出るのではないかと思うくらいに顔は、いや、首筋まで真っ赤になりつつ、
それでも自分は冷静ですってポーズを取ろうと努力している七瀬を見て、ママンがトドメの一言。
ママン:「なら身体で返すのが一番だって教えてあげれば良いじゃないですか?」
七瀬:(え?身体でって…それって……あ、あは、あはははは……キュ~~~ッ)バタンッ!
七瀬は、そのまま後に倒れてしまった。
顔は真っ赤になりつつも、幸せ過ぎる満面の笑顔のまま…
それを見てママンは「この子ったら…まぁ幸せな夢を中断させるのは罪ね。お父さん、ナナちゃんを部屋まで運んでくれませんか?」
とパパンにお願いする。
パパンは事情を微妙に理解していないのだけど、とりあえずはという事で七瀬を部屋のベッドまで運んでいった。
そして戻ってくるとママンがパパンに一言「あ、お父さん、来月の小遣いカットね」とニッコリ。
……何が難だかわからないうちに小遣いを減らされて途方に暮れるパパンでした。
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&aname(hikkosi)
302 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2006/03/16(木) 22:49:23 ID:???
「もしもし?七瀬?」
「何?織屋君?」
「明日、付き合ってもらいたいトコがあるんだけど、大丈夫か?」
「いいわよ」
「んじゃ、明日、そうだな・・・昼前ぐらいに迎えに行くから、家で待っててくれるか?」
「わかった。待ってる」
「んじゃ、おやすみ!」
「おやすみなさい・・・・」
303 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2006/03/16(木) 22:50:02 ID:???
翌日の午前11時過ぎに高遠家にチャイムの音が響いた。
「あら?お客様かしら?ハ~イ」
「あ!私が出るから!」
来客に応対しようとした母に七瀬はそう言うと、早足で玄関へと向かった。
来客が誰かも確認せず玄関のドアを開けると、そこには彼女が待っていた相手がニコニコしながら
立っていた。
「よっ!待ったか?迎えに来たぞ」
笑顔の浪馬が手を振りながら、七瀬に訪ねた。
「フフッ、そうね・・・?4時間ぐらい待ったかしら?」
「相変わらず、早起きなんだな?」
七瀬の返答に浪馬がわざと驚いたような顔をしながら答える。
「習慣だもの。あ、ちょっと待っててね。母さんに出かける事を伝えてくるから」
「はいよ~」
浪馬の返事を聞き、七瀬は出てきたときと同じように、早足で奥へと姿を消して行った。
七瀬が姿を消し、今日の事を想像する。
「(七瀬のヤツ、どんな顔をするかな?楽しみだぞ・・・)」
そんな事を考えると、自然に顔がニヤついてくる。
その時、ドアの向こう側に人の気配がし出した。
浪馬がニヤついた顔を元に戻し終わると、七瀬が姿を現した。
「それで、何処に行くの?」
「ん?まぁ、着いてからのお楽しみだ」
七瀬の問いに、少しだけ意地悪そうに微笑みながら、浪馬が答える。
「変なところじゃないでしょうね・・・?」
「“変なところ”って、どんなところだ?」
「そ、それは・・・」
更に意地悪な浪馬の質問に、七瀬が顔を赤くしながら言葉を詰まらせる。
「ハハハッ、心配すんなって!お前が想像してるようなところじゃないって!」
そんな七瀬の様子をみて、からかうように浪馬が答える。
「・・・い、意地悪・・・」
それだけ言うと、七瀬はまだ赤い頬を膨らませた。
304 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2006/03/16(木) 22:50:37 ID:???
「ここでいいの?この辺りって・・・」
「そ。お前と俺の大学の近く。まぁ、学校はあっちなんだけど」
七瀬の質問に、浪馬は自分達の背中側を親指で差しながら答えた。
それからしばらくの間、浪馬が七瀬をエスコートする形で目的地までの道を歩いて行った。
「あなたの行きたいところって、本当にこんなところにあるの?」
しばらく歩くと、七瀬が浪馬に確認するように話しかけてきた。
「ん~と、道を間違えてなけりゃ、そろそろなんだが・・・」
少し頼りないような、浪馬の返事。
「どう見ても、ただの住宅街じゃないの?」
浪馬の返事に、少し不安になりながらも、繋いだ手を引かれるまま隣を歩いていると、浪馬が立ち止まった。
「ん~・・・と?おっ!あそこだ!」
「えっ?」
浪馬が指し示す方向には、一棟のマンションらしき建物が建っていた。
見たところ、3階建てのマンションのようだ。
「ホイ、とうちゃ~く!」
おどけたように浪馬がそう言って立ち止まると、同じように七瀬も立ち止まる。
「おっと、ちょっとだけ、そのまま待ってくれるか?」
「え?ええ・・・」
「それでは、どうぞ。七瀬お嬢様」
浪馬が七瀬の横に立ち、恭しく礼をし、七瀬の手を取る。
「クスッ、もう!何をしてるのよ」
そんな浪馬の仕草がおかしかったのか、七瀬が微笑みかけた。
「ここが目的地だ」
七瀬の微笑みに釣られたように、浪馬も笑顔で答えた。
「目的地って、この建物が?」
「そ」
「誰かのおうち?」
「まぁ、そんなトコかな。それより来いよ」
それだけ言うと、浪馬は先程までと同じように七瀬の手を引き、階段へと歩を進めた。
「あっ!ちょっと!」
七瀬の声と二人の足音が階段に響いた。
305 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2006/03/16(木) 22:51:12 ID:???
2階にある部屋のドアを開けると、浪馬は部屋の中へと姿を消した。
「ほら、そんなトコにいないで、こっちに来いよ」
ドアの前で立ち尽くしている七瀬に、浪馬が声をかける。
「え、ええ・・・お邪魔しま・・・?」
浪馬に促され、部屋の中に入ろうとした七瀬は、部屋の様子がおかしい事に気付いた。
「どうした?」
「・・・・・・空き家?」
「そう空き家」
七瀬の質問に、あっさりと浪馬が答える。
「・・・ひょっとして、引越しちゃうの?」
しばらく間を置いて、七瀬が自分なりに考えた答えを浪馬に投げかけた。
「うん」
浪馬は、あっさりと答える。
「頼津からいなくなるの!?」
自分の疑問を投げかける七瀬。
「うん」
あっさり答える浪馬。
「・・・」
浪馬のあまりにもあっけらかんとした返事に七瀬は無言になり、俯いてしまう。
そんな七瀬の様子に気付かず、引越しの理由を浪馬が説明しだす。
「頼津からだと、学校まで時間かかるだろ?で、おっちゃんに相談してみたら・・・」
浪馬が説明しようとした、その瞬間の事だった。
「・・・や!!」
それまで無言だった七瀬が、突然声を張り上げた。
「へっ?」
突然の七瀬の豹変に、浪馬が驚き、声を上げる。
「あなたがそばにいなくなるなんて、絶対にイヤ!」
「お、おい、七瀬・・・」
なだめようとする浪馬など、お構い無しに、七瀬が続ける。
「大学で会えるかも知れなけど、会いたいときに会えないのは、絶対にイヤ!!」
「落ち着けよ」
「“落ち着け”ですって?落ち着けるもんですか!」
「七瀬っ!!」
一向に落ち着く様子のない七瀬に、浪馬も声を張り上げてしまった。
「・・・」
すまなかったと浪馬が謝ったものの、七瀬は再び俯き、無言になってしまう。
浪馬が七瀬の手を引き、靴を脱ぐように促し、やっとの事で部屋へと上げる。
「ったく、いいか?落ち着いて、この部屋の間取りを見てみろよ?」
七瀬を諭すように浪馬が話しかける。
浪馬に諭された七瀬が短い廊下を抜けると、そこにはダイニングキッチンが広がり、正面にはリビングらしき部屋もあった。
キッチンの壁には、部屋へと続く入り口も開いている。
「部屋が・・・」
部屋の様子を見た七瀬がそれまで閉ざしていた口を開いた。
306 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2006/03/16(木) 22:52:07 ID:???
「そ。ちなみに2LDKだ。古いし狭いけどな」
キッチンから七瀬の様子を見つめていた浪馬が声をかける。
「2・・・L・・・DK?」
「そうだ。俺一人に二部屋にリビングなんていると思うか?」
「えっ・・・それって・・・」
七瀬が言葉を詰まらせる。
「俺と暮らそう?」
浪馬の方は七瀬とは対照的に、あっさりと言い放った。
「えっ?」
少し混乱気味の七瀬。
「そっちの親父さん達は、了解済みだ」
「えっ?えっ?」
更に混乱気味の七瀬。
「あとは、お前の返事次第だ」
「ちょ、ちょっと待って!そ、それって、どうせ・・・い?」
「そ。恋人同士、憧れの同棲。イヤか?」
浪馬の問いかけを強く否定するように、頭を2回ほど横に振る。
「いいのか?」
今度は、縦に2回。
「で、でも、私達はよくても、私の両親が・・・」
満足げに七瀬の方を見ている浪馬に、不安そうに口を開く。
「だから、了解済みだって」
「えっ?」
「おばさんに話したら、あっさりOKだった。その上、親父さんを説得(きょうはく)してくれた」
「そ、そうなの?」
「らしいぞ」
「で、でも、家賃・・・」
「この物件、ビッグのおっちゃんの知り合いの持ち物なんだ。で、おっちゃんの甥っ子って事で、かなり安く
貸してくれるんだ」
「生活費は!?」
「そりゃ、バイトするさ!」
「あなただけなら、それで大丈夫かもしれないけど、二人なのよ!?」
「心配無用。お前の分は、仕送りするとさ」
「誰が!?」
「おばさん」
「あ、あの人は・・・」
「“全部出す”って聞かなかったんだけど、家賃も敷金も生活費も折半って事で話はついた」
「・・・」
「どうだ?問題あるか?」
浪馬は、次々と投げかけられる七瀬の不安をあっさりと受け流していき、最後に七瀬に質問した。
「・・・」
「無言はOKのサインでいいな?」
七瀬の目をしっかりと見つめ、確認する。
「んじゃ、あらためて・・・」
「七瀬、俺と一緒に暮らさないか?」
「・・・(コクリ)」
「楽しい事ばかりじゃない、ケンカもするかもしれないけど・・・それでもいいか?」
「・・・(コクリ)」
「よし!契約成立!んじゃ、ほれ!」
そう言うと、ニッコリと笑い、七瀬の目の前に小指を突き出した。
「えっ・・・?」
「指きりだ」
「あ・・・」
少し戸惑ったものの、七瀬が浪馬の小指に自らの小指を絡める。
「「ゆ~びき~り げ~んま~ん うそついたら は~りせんぼん の~ます!」」
二人の声が、まだ何もない室内に響いた。
307 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2006/03/16(木) 22:52:56 ID:???
「これから忙しくなるな?」
絡めていた小指をどちらからともなく離すと、その場に腰を下ろした浪馬が呟いた。
「そうね・・・」
七瀬も浪馬の隣に腰を下ろしながら、同じように呟く。
「しっかし、不思議だよな?」
「えっ?」
「考えてみろよ?七瀬が俺の彼女だぜ?その上同棲なんて、一昨年の今頃、想像したか?」
「・・・・・・無理ね・・・」
「お前に注意されてばっかいたもんなー!」
「クスッ。あの頃の私達に“二人は恋人同士になる”なんて言っても、信じないでしょうね?」
「だよな!」
「ねぇ?織屋君?」
「ん?」
「責任、取ってね?」
「へっ!?」
「私があなたをここまで大好きにさせた責任」
「へっ?」
「どうなの?責任取るの?取らないの?」
「・・・取るよ。」
「ん・・・」
「先の事はわからないけど・・・」
そう言うと、七瀬の肩に手を回し、七瀬に顔を近付けていく。
七瀬も自然に浪馬の方を向き、目を閉じる。
「ん・・・」
お互いの唇が触れ、どちらからともなく、吐息が漏れる。
何もない部屋に静寂が訪れた。
「・・・今は、これで勘弁してくれないか?」
長めのキスを終え、浪馬が七瀬に囁いた。
七瀬は、「仕方ないわね」と言いながら、満足そうに笑いながら、浪馬の肩に寄りかかっていった。
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