TOAのティアタンはメロンカワイイ

The day will begin.

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匿名ユーザー

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 栄光の大地エルドラント――”レプリカ・ホド”が崩れていく。
 ティアたちは、言葉もなくその様子を見守っていた。
 ローレライの解放という使命を負ったルークをひとり残して、アルビオールでエルドラントを脱出した一行は、解放の余波に巻き込まれぬよう、ひとまず東にあるタタル渓谷に降り立った。
 谷間ながら、東西に走る岩壁が遮ることなく視界を導く場所から、遠くエルドラントを望む。先ほどまで踏みしめていた大地が脆く崩れる様は、どこか現実感を欠いて見えた。
 やがて一条の光が天へと立ち上り、それに引きずられるように崩れ落ちた欠片のいくつかが光を帯びて消失した。光が消えた後も失われずに残った都市の跡が、戦いの記憶を留めるように、失われた多くの命のための墓標のように聳え、夕陽を浴びて壮麗に輝いた。
 自分でも気づかぬうちに、ティアの口からは譜歌がこぼれていた。喚ぶように、語りかけるように紡がれる、高く澄んだ声が、名残を惜しむように岩壁にこだました。歌い終わった後も、エルドラントの残骸が宵闇に溶けて見えなくなるまで、ティアはその場に立ち尽くしていた。
「……ティア、そろそろ行こう」
 止まってしまったかのような時間の針を動かしたのは、ガイだった。
「帰ってくるって、約束したんだろ?なら、必ず帰ってくるさ」
 ガイは努めて明るく、自らにも言い聞かせるように言った。
 ティアは闇に向かって凝らしていた目をそっと閉じた。振り向くと、少し離れた場所に停まっているアルビオールから洩れる光が眩しい。
 ティアは、仲間たちが同じように立ち尽くしていたことに気づいた。不合理を嫌うジェイドでさえ、ここでの短くない時間を黙って過ごした。誰もが去りがたく思っていたのだ。彼の帰還を待ちたがっていた。
 だが、ずっと立ち止まっていることはできない。するべきことは山ほどある。
「……行きましょう」
 ティアが歩き出すのを待って、皆もアルビオールへと足を向けた。
 アルビオールでは、ノエルが操縦席に座ったまま待っていた。一番先にブリッジへ入ったガイは、彼女が慌てて目の端を拭う仕草をしたのを見咎めた。
「どちらへ飛びましょうか」
 視線を操縦桿に向けたまま発せられた声は、しかし見事に平静に整えられていた。
「ケセドニアへ。まずは両軍の総大将に報告しなければなりません」
 ジェイドが告げた。


 ケセドニアには、作戦に参加した両軍の部隊が続々と集まっていた。普段は商船が数珠繋ぎに並んでいる港だが、今は軍艦で埋め尽くされている。だが、数日もすれば再び商船が取って代わるだろう。
 両軍の総大将に手早く報告を済ませ、いったんアルビオールに戻る。夜も更けはじめたというのに街中の至る所から上がる勝ち鬨の声が、耳に痛かった。
 ジェイドとガイは、明朝に発つマルクト軍の陸艦で帰還することになり、途中チーグルの森の近くを通るため、ミュウもそれに乗せてもらうことになった。
 アニスも明日、ダアト港への定期船で帰ることにしたらしい。
「では、わたくしがアルビオールをお借りしてもいいかしら。ノエル、疲れているところ申し訳ないのだけど、夜明けと同時に発ちたいの。バチカルまでお願いできまして?」
「もちろんです」
 ナタリアの頼みに、ノエルは二つ返事で頷いた。
「ティアも、ユリアシティに帰るのならアルビオールで送ってもらった方がいいのではなくて?」
 ナタリアは、目を伏して黙ったままでいるティアに声をかけた。
「そうね……いえ、私もバチカルへ……いっしょに行ってもいいかしら」
 ティアは手に持っていた、別れ際に託されたルークの僅かな荷物を抱きしめた。
「奥様に直接、ルークのことをお話ししたいの」
「そう……わかりましたわ」
 ナタリアはティアを労るように微笑んだ。
 ティア、ナタリア、ノエルの3人は、アルビオールに残って夜明けを待つことにした。出発を早めるためと、やや落ち着いてきたとはいえ、勝利を祝う兵士たちの喧噪に包まれたケセドニアの街中へ戻ることがためらわれたためだ。
 ジェイドとガイ、共に行くミュウは、マルクト軍の用意した宿に行く。アニスも街に宿を取ると言った。朝イチで旅券を買いたいから、と理由を付けてはいたが、一人になりたがっていることは明らかだった。彼女は弱っている自分を見せることを極端に嫌う。
「では、これで解散としましょうか。どのみち、またすぐに顔を合わせることになるとは思いますがね」
 キムラスカとマルクトは、以前のような敵対国家ではない。当面の危機が去ったとはいえ、二千年の間世界を導いてきた預言を失った混乱から立ち直るためには、まだ相当の時間と努力を要するだろう。互いに争い合っている場合ではない。行き場なく彷徨うレプリカたちの問題にしても、両国が一致して当たらねばならぬ課題だ。自然、今後の交流は増える。
「そうですわね。準備が整い次第、レプリカ保護問題についての国際会議を持ちたいと思います。大佐、ピオニー陛下によしなにお伝えくださいな」
「俺にも何かできることがあったら言ってくれな」
「チーグルの森にも遊びに来て欲しいですの!」
「みんな、手紙書くから、ちゃんと返事ちょうだいよー?」
 めいめいに別れを告げて、ジェイドたちはアルビオールを降りていった。
「……わたくしたちも休みましょうか」
 皆を見送る手を振り終えて、ナタリアが言った。
「どうぞ。片付ける時間がなありませんでしたので少し散らかっているとは思いますが、船室はどこも使えますよ」
 ノエルが言う。
「ありがとう。では、お先に失礼しますわね。ふたりとも、おやすみなさい」
 早足に船室へと去るナタリアに、ティアとノエルは慌てておやすみの言葉を返した。
 ナタリアが船室の扉を閉めるのを見届けて、ノエルはブリッジへと踵を返した。
「ノエルは休まないの?」
 ティアは不思議に思って声をかけた。
「休みますよ。けど、エルドラント突入の際にだいぶ無茶をしたので、念のためもう一度機器のチェックをしておきたいんです。さっき飛んだ感じでは特に問題なかったので、すぐ済むと思います。ティアさんも先に休んでください」
「そう。じゃあ、遠慮なく。おやすみなさい」
「おやすみなさい」
 ティアは自分の船室に入る前に、ふと思い立ってナタリアの船室の前まで来た。別れ際に少し様子がおかしかったように思ったからだ。ノックをするべきかどうか逡巡しているうちに、部屋の中から微かに聞こえる音に気付いた。
(ナタリア……)
 微かに漏れ聞こえるその音は、嗚咽の声だった。ティアは堅く目を閉じた。
 最愛の人の死を告げられた後も、ナタリアに泣く時間は与えられなかった。衝撃にしばし己を失いはしたが、すぐに立ち上がって戦いに身を投じた。強い女性だ。
 王都に帰っても、彼女が泣き暮らすことはないだろう。過去を振り返って虚ろに過ごすよりも、目の前にある課題に敢然と立ち向かっていくに違いない。ひょっとしたら、彼女が存分にひとり泣く時間を持てるのは、今が最後かもしれなかった。
 ティアは扉を叩くために上げかけていた手を下ろした。同時に、突然、この短い時間の間に喪ったものがティアの中で鮮やかに蘇った。
「……っ……!」
 軽い眩暈のようなものを覚え、ティアは奥歯をかみしめた。音を立てないように慎重に、しかしできるだけ素早く、自室に飛び込む。扉を背で押して閉めて、そのままもたれかかり、深く息を吐いた。目を開けると、小さな丸窓から差し込む、重たげに昇り始めた下弦の月の光が眩しい。
 泣く、と思ったが、目は月光に射られて痛むだけ、こぼれかけた嗚咽は喉元にしっかりと押しとどめられ、それ以上あがってくることはなかった。
 全身を襲う疲労感に、ティアはほとんど倒れ込むようにしてベッドにうつぶした。


 気がつくと、東の空がうっすらと明るかった。眠れたのかどうか、記憶がはっきりしない。ぼんやりと床に落ちる月光を眺めて、月の光の下ルークと過ごした思い出を繰り返していたことを覚えている。
 霞がかったような頭を目覚めさせるために、ティアは顔を洗いに部屋を出た。部屋に戻る道すがら、物音がするブリッジを覗くと、驚いたことにノエルがもう起きて出立の準備をしていた。
「おはよう、ノエル。……ほんとに眠ったの?」
「おはようございます。ご心配なく。みなさんがエルドラント内部にいる間は休ませてもらっていましたし、こまめに眠れば1回の睡眠はそれほど長くなくて大丈夫ですから」
 言葉どおり、ノエルは眠気を全く感じさせない声で答えた。
「ナタリアは?」
「まだお休みではないでしょうか。部屋から出られていないようですが」
 そう、と答えて、ティアは思いつき、冷たく冷やしたタオルを作ってナタリアの部屋を訪れた。
「ナタリア?」
 ノックをして呼びかけると、少し遅れて返事があった。
「……ティア?」
 やや掠れ気味の声だ。
「入るわよ」
 ティアは、ナタリアの了解を待たずに部屋に入った。ナタリアはベッドに横たわったまま、薄い毛布で顔を隠していた。
「はい」
 そのナタリアに、ティアは冷やしたタオルを渡した。
「バチカルのそばまで来たら呼ぶわね」
 囁くように告げて、すぐに部屋を出る。
「……ありがとう」
 扉を閉める間際にナタリアの声が聞こえた。
 太陽が顔を覗かせるのと同時に、アルビオールは飛び立った。
 そろそろバチカルが見えるというころ、ナタリアはティアが呼びに行くまでもなく、きちんと身支度を調えてブリッジに現れた。その目に泣き腫らした跡はなかった。


 バチカル近郊の草原でノエルに礼を言ってアルビオールを降りた。早朝の王都はまだ人影もまばらで、特に騒がれることもなく王城のある最上部まで上がる。城門前の広場まで来て、ティアはナタリアと別れた。ナタリアの入城を告げる喇叭を聞きながら、ファブレ公爵邸へと足を向ける。
 門番に用件を告げると、程なく執事のラムダスが現れた。ラムダスは何かを探すように視線をティアの背後に泳がせてから、自らの不調法に慌てたように深々と一礼した。
「どうぞ、お入り下さい」
 ティアはラムダスの後ろをついて歩きながら、物見高い使用人や騎士たちからの痛いほどの視線を感じた。微かに上がる悲鳴、動揺の気配やすすり泣きの声が伝わってくる。それでも、ティアは毅然と顔を上げ、視線をまっすぐ前に向けて歩いた。
 何度か訪れたこともある公爵夫妻の寝室に通される。朝早くではあったが、公爵はナタリア帰還の先触れを受けて既に登城しており、寝室には夫人がひとりティアを待っていた。
 人払いをしたのだろう、普段夫人に付き添っているメイドたちも部屋にいなかった。ラムダスもティアを残して部屋を辞した。
 シュザンヌは両手を胸の前で組んで、不安げに立っていた。こわばったその表情を見て、ティアの言うべき言葉を失った。そっと、大事に持っていたルークの荷物をシュザンヌに差し出す。
 シュザンヌは、震える手で汚れの目立つ荷物を受け取り、赤子を抱く母のように胸に抱いた。
 崩れ落ちそうなシュザンヌを寝台に導いて座らせてから、ティアはできる限り事務的にエルドラントで起こったことを話した。
「――子を持てたことが奇跡だ、と医師から言われたわ」
 ティアが”報告”を終えるまで黙っていたシュザンヌが、ぎこちない仕草で荷物を撫でながら、ぼつぼつと言葉を零した。
「あの子が生まれたとき、みんなが誉めてくれた。使命を果たしたのだ、と。死ぬ思いをしたけれど、あの子を産むことができて良かったって、心から思った。幸せだったわ」
 シュザンヌは、眩しいものを見るように目を細めた。
「わたくしは臥せっていることが多くて、せっかく生まれた子どもの側にいることも、ほとんどできなかった。でも、この窓から覗くあの子の姿は、わたくしと違って丈夫で、元気いっぱいで、光り輝いて見えた。それが、嬉しかった」
 眼前の、幼い日の我が子のまぼろしに向かって愛しげに微笑むシュザンヌを、ティアは哀しく見つめた。
「あの子がマルクトに誘拐されたと聞いたとき、光を失った気がしたわ。病の苦しみで、自分がこのまま目覚めないかもしれないと思いながら意識を失うときより深い絶望があると思っていなかった。でも、あの子は戻ってきてくれた。それまでに得た知識やなにやらをすべて失って、わたくしのことはおろか自身のことさえわからなくなっていたけれど、元気な体だけは持って帰ってくれた。兄上様が成人するまでルークを館から出してはならないと命じたとき、わたくしは心から感謝した。これでもう、少なくともあの子が成人する日までは、わたくしはあの子を喪わずに済むと」
 そして、7年後。彼は再び、突然屋敷から姿を消した。他ならぬティアの手によって。
 シュザンヌは息をついて目を閉じ、しばらく黙った。
「誘拐から戻ってきて7年間共に暮らしたあの子がレプリカだと言われて、本物のあの子はべつにいて、生きているのだと聞かされても、わたくしにはよくわからなくて、単純に、ひとりしか産めなかった子どもが二人に増えたことを喜んだわ」
 どちらも優しい子だったでしょう、とシュザンヌは微笑んだ。
「あまりあの子について話したがらなかった夫とも、話をしたの。そして、どちらも大事、ふたりともたいせつな我が子だと確認し合った。いつか、ふたりがこの家に帰ってきて、共に暮らしてくれる。そんな夢を見たわ」
 口調は相変わらず静かだったが、その声はだんだんと震えが強くなっていた。シュザンヌは言葉を切って、耐えるように再び目を閉じた。
「――死なせるために送り出したのではないわ!帰ってきてくれると信じたから、だから、だから……!」
 細い声で、叫ぶようにシュザンヌは言葉を吐きだした。見開かれた目には、はっきりと涙が浮かんでいた。
「――死なせる、ためでは――」
 辛うじて瞳に留まっていた涙がぽたぽたと落ちて、ルークの荷物を濡らした。
「奥さま、ルークは帰ってくると約束してくれました。必ず、帰ってくると」
 ティアはシュザンヌの両肩を抱いて軽く揺らした。
「ええ、ええ……でも」
 涙に濡れたルークと同じ色の目を懸命にティアに向けて、シュザンヌが言った。
「今ここにいないあの子たちのために泣くことを、どうか赦してね」
 そう言って、シュザンヌは泣き崩れた。ティアは、シュザンヌを抱きしめて、優しく背中を撫でた。シュザンヌの体は、病がちで痩せて骨張っていて、小さかった。
 シュザンヌの涙がかれるまで、ティアは辛抱強く待った。待ちながら、ぼんやりと、自分の目から涙がこぼれないのはなぜだろう、と思った。
 ――こんなに哀しいのに。
 疲れ切ったシュザンヌの体を寝台に横たえるのを手伝い、ときどきシュザンヌを訪ねることを約束してから、ティアはファブレ邸を後にした。


 エルドラントでの戦いからわずか2週間後、ユリアシティで開かれた国際会議によって、キュビ半島がレプリカたちに与えられることになった。二千年間魔界にあったため、キムラスカにもマルクトにも、ダアトにも属さない地であり、また、未だに多くのレプリカたちが目指すレムの塔がある地ということで、ほぼ異論は出なかった。
 まずはレムの塔で稼働中のゴーレムの機能を停止させ、雨露を凌げる安全な場所として整える。各地のレプリカたちはいったんケセドニアに集めて、それから救援物資とともにレムの塔へ送り込む。都市基盤の整備はレムの塔周辺から順次行う、等の覚え書きが交わされた。
 そして、キムラスカからは王女ナタリアが、マルクトからはガルディオス伯爵が、ローレライ教団からはテオドーロが、それぞれこの計画の責任者として名を連ねることとなった。テオドーロは、トリトハイム詠師と実権関係の調整を進めてはいるものの、教団の再建のためにも力を振るわねばならず、実質ほとんど動けないため、名代としてティアを指名した。
 それから3カ月ほどが過ぎたが、事はあまり思うように進んでいない。
「まぁ、ケセドニアとレムの塔間の輸送がマトモにできるようになっただけでも、たいした進歩だと思うよ」
「そのあたりのことは、ケセドニアのアスター代表が直接援助をしてくれるようになってからかなり楽になったわね」
 ティアはレムの塔に設けられた司令室を訪れ、ガイと紅茶を啜っていた。
「でも、あの人は商人でしょう?よく無償で何隻も船を提供してくれる気になったものね」
「ああ、それはな。実は、ここが昔鉱山の街だったって聞いて、西の山脈を調査させたんだ。そしたら、どうもいい鉱石が採れそうでね。アクゼリュスを失って以来、全世界的に鉱物資源が不足してるから、あそこが本格的に採掘できるようになったら、かなりいい資金源になる。で、その採掘権をアスターに保証したってわけだ」
「それはまた……太っ腹なことをしたわね。今を乗り切らなきゃ仕方がないのは分かるけど……」
「人夫にレプリカたちを雇って貰う約束だから、こっちにとってもそう悪いばかりの話じゃないさ」
「カイツールとキュビ半島間の橋の建造は、ファブレ公爵が全面的に資金を出してくれることになったんでしょう?」
「まぁね。だが、橋からここまでの街道整備の金は別に調達しなきゃならんからな」
「ナタリア基金は?」
「人がだいぶ増えたこともあって、食料調達費だけでほとんど消えてる」
 責任者として指名された3人のうち、キュビ半島に常駐しているのはガイだけだ。ブウサギの世話よりはよっぽどマシな仕事だよ、と笑ってはいたが、慣れない仕事のこともあり、さすがに疲労が見て取れた。
 ナタリアはキムラスカ国内での指揮及び金策に走り回っていてなかなか顔を出せず、テオドーロは教団の再編が思った以上に難航しているため、まだ一度もキュビ半島を訪れていない。その分ティアが世界中を飛び回っているが、ひとり常駐しているガイの負担は相当なものだろう。
「とにかく、金が足りない。カネカネ言ってたアニスの気持ちがよく分かるよ」
 ガイは苦笑いを浮かべた。
「ごめんなさいね。ほんとうなら私も、ガルディオス家に仕えるフェンデ家の人間として、あなたの下で働くべきなのかもしれないけど」
「いいさ。もともと表面上の主従関係で、お仕えするのはこっちの方だ。ティアはティアで、よくやってくれてるよ。情報の整理伝達、それに、物資の手配関係もかなり捌いてくれてるだろ。特に、情報部分で信頼できる人間がいるってのは、ほんとに助かるんだ」
「ありがとう。信頼に応えられるよう、がんばるわ」
「がんばるのはいいけど、あまり無茶はしないでくれよ。キミは放っておいたらかなり無茶するから心配だよ。ほどほどに体を休めること。それと、必要なときはちゃんとキミを守らせて欲しい。いいね?」
「……あ、あなたって、相変わらずね」
 目を見据えて熱心に言うガイに、ティアは思わず頬を赤らめた。
「そうかい?」
 ガイはにこやかにウインクした。
 和みかけた空気に、突如として緊迫した兵士の声が割り込んだ。
「失礼します!伯爵、またレプリカたちの間でもめ事が……」
「わかった、すぐ行く」
 ガイはさっと真剣な顔をして、傍らに置いてあった剣を腰に佩いた。ここに集まった多くのレプリカたちは、生まれて間もないために人格が完成されていない。自我も怪しい頃はまだいいが、自己主張を始めるようになると、互いに折れ時がわからず、時には剣で収めなければならない事態も起こった。
「ガイ、私も……」
「いや、悪いがティアはナタリアのところに発ってくれ。」
 腰を浮かしかけたティアに、ガイは封書を差し出した。
「必要調達額のリスト。こっちもけっこう急ぐんでな。頼んだよ」
 ティアが何か言う前に、ガイは部屋を飛び出していった。
 ティアは一瞬迷ったが、結局頼まれごとを優先させることにした。


「なに……葬儀……?」
 ガイからの封書を持ってバチカル城を訪れたティアは、暗い顔をしたナタリアと出会った。
「ええ……国葬をしますの。アッシュと、ルークの……」
 思いも寄らぬ言葉が、ナタリアの口からこぼれた。
「そんな、だって!」
「わかっていますわ!」
 ティアの上げかけた抗議の声を、ナタリアは同じくらいの強さで遮った。
「すまぬ……だが、あるやなしの希望に縋り続けるのは辛いのだ」
 インゴベルト国王が弱々しい声で付け加えた。それを否定するかのように、ナタリアが続ける。
「わたくしは、彼が帰ってくると信じています。ですが、この葬儀は、アッシュやルークのためだけに行われるものではありません。わたくしたちの命が多くのレプリカたちの犠牲によって救われたのだということを皆に印象づけるためなのです」
 ティアは眉根を寄せてナタリアの目を見た。
「レプリカ保護問題に割く資金繰りが思わしくないことはご存じですわね」
 ナタリアは、溜息をついて話し始めた。
「”レプリカ保護”ということについて、残念ながら国民に十分な理解が浸透していないのです。一時期の混乱が尾を引いているのですわ。戦後復興や、プラネットストームの代替燃料の研究のためにかなりの資金が必要なこともあって、レプリカ問題への国庫からの支出をよしとしない空気が根強いのです。議会もレプリカ問題については及び腰ですし。ナタリア基金はわたくしが集めたお金ですから、使途について議会が口出しすることは許しません。でも、それだけでは足りないの。国庫からもまとまった資金援助が欲しいのです」
 口調からも、ナタリアの不服は読み取れた。
「ルークのことは、皆よく知っていますわ。彼は目立ちましたし、シェリダンとベルケンド間の橋梁の開通や、ケセドニアを拠点とした商業の振興、品薄となった薬草類の栽培などに尽力したことは語りぐさになりましたもの。その彼がレプリカで、わたくしたちのために命を懸けて戦ってくれたのだと、皆に知ってもらいたいのです。そして、1万人近いレプリカが、わたくしたちの命の礎となったことも。わたくしたちがレプリカを保護することは義務に近いのだと、わかってもらいたいのです」
 ナタリアの必死の様子に、ティアは諦めたように目を閉じた。
「……わかったわ」
 ティアはとにかく、城から出たかった。形ばかりの礼をし、部屋を出る。
「ティア!」
 すぐにナタリアが追いかけてきて、ティアに抱きついた。
「ごめんなさい……わたくし、あなたにひどいことを……愚かなことをしようとしていますわね……」
 ナタリアの肩は震えていた。
「いいえ、ナタリア……。私こそ、ごめんなさいね……」
 ティアはナタリアの背を撫でた。ナタリアだって傷ついているのだ。ティアは、ナタリアを責める気持ちにはならなかった。ただ、ルークの葬儀という言葉が悲しいだけだ。
「奥様は、このことをご存じなの……?」
「公爵からお話はいってると思いますわ。ティア、よろしかったらお屋敷に寄って差し上げて」
 そうするわ、と言ってティアはナタリアと別れた。


「お久しぶりね、ティアさん」
 公爵夫人は珍しく外で、ルークの部屋の前に中庭に面して作られた小さな応接セットの前でティアを出迎えた。
 ティアはシュザンヌに向かい合った席に座った。すぐに香りの良いお茶と、甘い菓子が出される。
「奥様、お加減はよろしいのですか?」
 以前会ったときの憔悴しきった様子から思うと、シュザンヌはずいぶん元気そうだった。
「ええ、おかげさまでね」
 シュザンヌは穏やかに微笑んだ。
「あの子たちの葬儀のことを、聞いたのね」
 シュザンヌから切り出されるとは思っていなかったので、ティアは驚きに目を見開いた。そんなティアを見て、シュザンヌは笑みを深めた。
「わたくし、信じることにしたの。あの子が帰ってくるって。だから、平気よ。心配してくださったのね。ありがとう」
「いえ……」
 慰めに来たつもりが、逆に慰められているようで、ティアは少し居心地が悪かった。しばらく中庭の花を眺めながら、黙って出された茶を啜る。
「実は、ティアさんにぜひ見てもらいたいものがあるの」
 ティアが茶を飲み終えるのを見計らって、シュザンヌは立ち上がった。ティアもつられて立ち上がる。さっとメイドが近寄ってきて、ルークの部屋の戸を開けた。
「どうぞ」
 促されて、ティアはおずおずとルークの部屋に入った。
 ――懐かしい。
 込み上げる思いに、ティアは眩暈を覚えた。そう何度も訪れた場所ではないが、この部屋の主の記憶が、ティアを強く揺さぶった。最後にここに来たとき、彼は死を恐れて震えていた。そして――今はいない。
「あの子ね、部屋を綺麗に片づけていったの」
 シュザンヌの声が、ティアを現実に引き戻した。確かに、前に入ったときもそう散らかった部屋ではなかったが、今は使われていない部屋のようにきちんと片付けられている。それだけに、ただ1点、机の上に無造作に積まれた紙の束がひどく目立っていた。
「そう、これよ。これを、ティアさんに見ていただきたいの」
 シュザンヌは紙の束に近寄り、いくつかを掴み取ってティアに差し出した。
「これは……?」
「あの子の書いた日記よ。初めてこの屋敷を出た日からのね。ここに積まれていたものの他に、あなたが持って帰ってきてくださった荷物の中にも、日記が残っていたわ」
 ティアはゆっくりと手を伸ばして、紙の束を受け取った。
「ティアさんに、読んでいただきたいの。――わたくしは、読むことができなくて」
 微笑もうとして、シュザンヌはふと口元を抑え、うつむいた。視線を落としたその横顔に、穏やかな微笑みという仮面の下に隠された生々しい傷をティアは垣間見た。
 完全には抑えきれなかった涙をひとつ零して、シュザンヌはティアを残して部屋を出た。
 残されたティアは、しばらく立ちつくしたままでいたが、思い直して椅子に座り、日記を読み始めた。癖のある、しかし意外と几帳面な文字が、いかにもルークらしい。
 ティアは、膨大な量の日記をひたすら読み進めた。読むうちに、たくさんの思いがティアの中に渦巻いた気がしたが、それらはすべて澱のように胸の奥に降り積もるだけだった。
『――そして俺は、この先に進んで、全てを終えた時、消えるのだと思う。――みんな、今までありがとう。そして、最後の戦いに力を貸してくれ』
 時が経つのも忘れて読み耽り、最後のページを読み終えた後、ティアはやっぱり泣くことのできない自分に気がついた。
 悲しい、哀しいと、頭の中に警鐘のように言葉が鳴り響いているのに、その言葉が想いとなって返ってこない。
 ティアは目を閉じて、涙の代わりに一言だけ、言葉を零した。
「……ばか」


 アッシュとルークの国葬は、盛大に執り行われたという。マルクト帝国皇帝ピオニー9世の弔辞が読まれるなど、かつての例になかったこともあったそうだ。ティアはどうしてもその葬儀に参列することができなかったので、その話をずいぶん後になってから聞いた。
 そして、エルドラントでの戦いから2年の歳月が過ぎようとしていた。
 人々は預言のない世界をしぶしぶと受け入れ始め、レムの塔を中心としたレプリカの国も、ようやく都市基盤の整備に取りかかるまでになっていた。 
 そんな中、相変わらず世界をかけずり回って忙しく過ごすティアに、一通の手紙が届いた。ファブレ家の家紋が押してあるその手紙は、ルークの成人の儀の招待状だった。ただし、その儀式はルークの墓前で執り行われるものだということだった。招待状の隅には、優しい文字で『ごめんなさい』と綴られていた。恐らく、シュザンヌの字だ。
 ティアも内心詫びながら、招待状を暖炉に焼べた。


 ティアは草原の真ん中にある大きな石に腰掛けた。
 この2年の間、ときどき訪れた場所だ。
 かつて河床であっただろうそこは、砂利を敷き詰めた上に草が茂り、恵まれない日光の中でも咲くセレニアの白い花が満開に開いていた。
 遠く、両脇の岩壁が導く視線の先には、かつての決戦の地エルドラント――”レプリカ・ホド”がよく見える。
 あの日と同じように落ちる陽を見送って、あの日と同じようにティアは歌った。そして、背後には同じように、仲間たちが控えていた。
(――ルーク、聴こえる?)
 歌いながら、ティアはルークに呼びかけた。
(私たち、あなたを待ってるから。――ずっと、待っているから)
 眩しい月に手を伸ばし、ティアは最後の旋律を朗々と歌い上げた。




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