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7月20日(金) その二」(2006/11/18 (土) 14:38:16) の最新版変更点

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竹箒で参道を掃く。 西の玄関から北へ回り、一周すると一日分のノルマ達成である。 まずは北西の奥、墓場の通路を丁寧に進み、そのまま社の方へ戻り北側、正面の掃除にかかる。 滅多に人が来るわけではないが参拝客のため、八百万の神のために。と掃除は欠かさない。 もっとも、雪人は信心深くない。が、元は読み物として神話関係の書籍を読んでいたことから、 やがて民俗学、神話学に関しての知識欲が深くなり、今では『自称、民俗学・神話学学者志望』という肩書きも持っていた。 そうして正面が済むと、次の場所へと移る。時計回りに従っていけば、次は必然的に東になる。 社の東は林といえない程度の木々が乱立している。 桜も紅葉もあり、春と秋には花見、紅葉狩りでこのあたりはにぎわう。 そして、この道は裏の山へ続く道であり、元旦には初日の出を見るために、島のほとんどの人が山へと登る。 そして再びこの道を通り、正面へ回ったところで初詣。 ある意味伝統と化しているが、そうでなくとも時折裏山に登る人はいる。もっとも、「そこに山があるから」とかいう理由ではない。 山といっても標高300m。お年寄りの足でも、港から一時間で山頂だ。 山頂には落下防止の木の柵、そして有志で備え付けられた望遠鏡、何でもこの島の神様が宿るとかなんとか言う石。それらがあるだけである。 しかし、ピクニックには最適だろうし、子供の遊び場としても十分だった。 そして、これが本州の中の山や山道であれば、こういう小道にゴミが散乱しているだろうが、島民はそういうことはない。 おかげで雪人もたいした苦労もなく、少し穴になっているところを埋めたり、道の中央で目に付く雑草を取り除いたり。でここの掃除は済ませている。 そんなとき、雪人はふと人影に気づいた。 東側には木々がある。しかし、そこを過ぎれば崖になっている。ちなみにその崖の下は森が広がり、それのさらに東に田んぼが広がり、そうして海である。 そのため、崖の手前には、大きい木の柵が立てられているが、その人影は柵よりさらに崖側にいた。 雪人はあわてて駆け寄ろうとするが、『ここで俺があわてたら…』と思い立ち、10mほど手前からはゆっくりと近づいていった。 まずは声をかけるべきか、それとも警戒しつつ様子を見るべきか、雪人は迷った。 そんな雪人の迷いを余所に、柵の向こうの人影──ショートヘアーの若い女性はゆっくりと振り向いき、そこに立つ雪人に気がついた。 雪人が驚きつつもどうするべきか決めあぐねているところに、 「あら、姫宮君。久しぶりね」 と気楽に声をかけてきた。 雪人は、「なんで俺の名前を─」と言おうとしたが、その前に彼女は機敏な動作で柵によじ登り、てっぺんからこちら側に飛び降りた。 「あー。そっかぁ。神主さんとして、『柵の向こうに入っちゃいかんぞぉ~』って注意しようとしてくれてたんだぁ」 はぁ。とだけ答え、二の句を告げずに沈黙していると、 「もしかして。自殺しそうに見えた?」 と、彼女が深刻な声で。真面目な表情で聞く。それに雪人は即答しない。 その沈黙は、彼女に肯定として返答されることになった。 「そっかそっか」 彼女の声はさっきとはうってかわって明るい。表情にも笑顔が戻り、小走りで社の東の小道へと出、雪人を手招きする。 「えーと…失礼ですが、どこかでお会いしましたっけ?」 雪人は小道に出るなり、そこでたたずむ彼女に率直に尋ねた。 彼女は、まず始めに驚き、そして何か諦めるような表情になり、最後に納得した表情を見せた。 「そっかぁ。もう忘れちゃったんだ。まぁ、2年…じゃなくて1.3年くらいあってないしねぇ…小町奈々恵よ。  まぁ、あんまり姫宮君と話したことは無かったけどさ」 彼女の名前を聞いた雪人は、一瞬考える表情を見せ、次の瞬間に納得したように手を打った。 「あー。覚えて…じゃなかった。思い出しました。えーっと、確か…空手だったか合気道だったかの段位保有者…でしたよね」 「ぶー。はずれ。剣道です」 「帰省ですか?」 「………そうね」 快活な彼女が、軽く間を置いて答えたことが雪人には気になった。 「ところで姫宮君?」 「なんですか?小町さん」 「それよ。さっきからですます調で話してるけど」 「あまり話したこと無い人だと、大抵はですます調でしゃべったほうが…当たり障りがないというか…」 「同級生にですます調でしゃべられるほうが当たり障りがあるわよ。できればやめて欲しいんだけど…ついでに名前も奈々でいいから」 「えーと。分かりま…じゃなくて。…分かったよ奈々さん。これでいいか?」 うん。と彼女はうれしそうに答える。 「ところで今暇……そうには見えないね」 「うーん。これから南側を掃除しないと。それから畑に行って、ちょっと作業すれば妹が帰ってくるからご飯にして…」 「ふーん…ねぇ、暇だし見ててもいい?」 彼女の提案に、特に断る理由もなく、雪人は彼女を連れて南側へと回る。 南側は山に面している。そのため、山に入る人、山から下りてくる人の休憩所として、屋根つきのベンチスペースと井戸が設置してあるだけである。 落ち葉をほうきで掃き、雑草を抜き、ベンチや井戸の様子を見る。 「大変そうだね」 ベンチに座りながら、雪人を観察している奈々恵が感想のように漏らす。 「そんなたいしたことはしてないよ」 そうして再び静寂。雪人は黙々と掃除を続ける。 辺り一帯の目立つ雑草を抜き、額を一度ぬぐう。一息ついてから立ち上がり、ベンチに座っている同級生を見やる。 「次、行きますよ」 そう言って、雪人は砂利道を歩き始める。その後姿を、どこか遠くを見るような瞳で眺めつつ、奈々恵もその後に付き従った。 少し歩いたところで、雪人が急に立ち止まる。 「小町……ああ。あの小町病院の…?」 小町病院とは、島唯一の病院であり、院長の小町勇人氏は、内科、外科、歯科等、幅広く手がける優秀な医師であり、 その奥さんでもある裕子さんは産婦人科、小児科を受け持つ、小さいながらも頼りになる病院である。 「…ってことは、進学先は医学部?」 雪人は何気なく聞いたつもりだった。しかし、奈々恵は表情を翳らせ、すぐに答えることはなかった。 気まずい沈黙があたりを包む。こういうときに、夏の暑さは恨めたしい。暑くて出てる汗なのか、変な汗なのか。 雪人は肌に感じる湿りが明らかに増えていることを自覚していた。 「あ、ああ。うん。べ、別に親の跡を継がなくちゃいけない。っていうのはもう古いしね。そ、それに──」 「医学部よ。まぁ、本格的にあそこで働くのは6,7年くらい後になるだろうけどね。  人命救助は燃えるわ。まぁ、この島だとあまり頻繁にそういう怪我で運ばれる。って人は多くないでしょうけどね」 奈々恵は微笑を浮かべながら答える。雪人はしばらく口を開けたまま何も言えなかったが、その間に彼女は真横までやって来、 「畑ってあれでしょ?」 と、畑の入り口を指さしながら、雪人の顔を眺めていた。 「は?ああ、あ…うん」 気の抜けた返事をし、ようやく雪人は我に帰る。一つ息を吐き、気分を一新してから、奈々恵と共に畑へと足を向かわせた。 畑では二人とも終始無言のままだった。 雪人は必要な作業だけ済ませ、額の汗をぬぐって社に帰ろうと、来た道を帰る。 その際に、奈々恵の顔を一瞬だけ捉えたが、彼女がそのとき何を考えているのか雪人には分からなかった。 あるいは本当に何も考えずに呆然としていたのだろうか。 竹箒をはじめとした掃除道具一式を片付けていると、社の北側。つまり正面に人の気配を感じた。 雪人がゆっくり足を向けると、そこには二人の参拝客が居た。 いや、参拝目的ではなく、単に観光、見物目的ではないか。とも思える。 なぜなら、その二人はこの島の人ではなく、外見は明らかに西洋系であったからである。 雪人は彼らに近づく。奈々恵は三歩ほど距離を離し、その後に続いた。 初老の男性と若い女性。二人は社を食い入るように観察していた。 そして、初老の男性は近づいてくる雪人に気づく。 「観光の方ですか?」 雪人は落ち着いた口調で二人組に話しかける。 「おお、神主さんですか。これは失礼。私は考古学者のウィリアム・ケルト・ガーランド。こっちは娘のセトラです」 初老の男性のほうが雪人に答え、手を前に出してくる。日本語は流暢であり、 雪人は、下手をすると並みの日本人より日本語に精通しているかもしれないと思わせるほどの印象を受ける。 「あ、はぁ。神主の姫宮雪人…です」 雪人はあっけに取られながらもきっちり右手を差し出し、握手を交わす。 「考古学者…ですか」 雪人は独白のようにつぶやく。 「ええ。この島で少し調べたいことがありまして」 「…大した歴史もない島ですが…そういったことなら保管してる史料の中に何かお役に立てるものがあるかもしれませんね。  よろしければご案内いたしますが」 「そうしていただけるとありがたい」 と言って、ウィリアムが微笑するのとほぼ同時に、石造りの階段から人影が現れていた。 長い黒髪を翻し、少し息を切らせた鈴音の姿がそこにあった。 「鈴音。おかえり」 雪人がそんな鈴音に気づき、声をかける。 「あ、うん。ただいま……えーと、兄さん…」 鈴音は、二人の外人さんと、一人の女性を見てから、再び雪人に視線を向ける。 「…えーと。とりあえず皆さん。中に入りましょうか」 雪人は軽く眉間に指を当て、そう促した。

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