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「久しぶりだね」
・・・・・・いえ、今日昼間に、お会いしたばかりですよ。
また俺は夢の中にいた。夢だと自覚出来る、夢の中に。今夜の夢は珍しいことに、色つきだった。風景もはっきり記憶していて、それは初めてのことだった。何処か・・・目の前に青い海の広がる、白い手摺りに手を掛けて、海を眺めていた。しかし見ている映像は鮮明なのに、意識は朦朧としていた。先生の声が背中越しに聞こえたが、俺は振り返らなかった。今にも倒れそうで、手摺りを離したら倒れてしまいそうで、先生を振り返ることが出来なかった。
「さっきは、災難だったね」
・・・・・・ええ、全くです。
「楽しい旅の途中なのにね」
・・・・・・ええ、そうですね。でも、別に構いはしません。
「そうだね、どうしてお友達に、さっきのこと言わなかったのかな?」
・・・・・・そんなこと。だって、普通に白けるでしょ?
「本当はこわかったんじゃない?」
・・・・・・馬鹿にしないで下さい。随分腹は立ちましたけどね。
先生が、さも可笑しそうにクスクス笑うのが気配で感じられた。馬鹿にしやがってこの○○○○、と心の中で少し汚い言葉で罵ってみた。それがまるで聞こえたかのように、先生は急に笑うのをやめ、ゆっくりと近付いて来た。俺のすぐ背後で、先生は足を止めた。俺の肩に先生のサラサラと長い髪が触れ、耳には吐息がかかるほど、近くに。そして、先生の躰のいい匂いがした。香水、かな・・・?でもこの匂い、何処かで・・・感覚はそれ程はっきり知覚しているのに、俺の意識はすぐにでも飛んでしまいそうだった。
「キミ、自分の所為だって思ってるんじゃない?」
・・・・・・は?
「自分がいるから、こんな事件が起こったと思ってるんじゃない?だからお友達にも、言えなかった」
・・・・・・そんな被害妄想的な発想、僕にはありませんよ。
「わかってるくせに、キミは」
・・・・・・帰って下さい先生、僕は、
先生の言葉を遮り、振り返ろうとして手摺りから手を離したその瞬間、俺の躰は大きくぐらりと揺れ、手摺りの向こうへ落ちた。あ、と叫ぶまもなく、意識は深い闇の底に沈んで行った。
「オイ、大丈夫かよ、貴桐!」
その声と、自分の躰を揺さぶる手によって目を覚まし、俺は反射的に、目の前に伸ばされた手を力一杯掴んだ。
「なんだか、うなされてたぞ。大丈夫か?」
不幸にも、その手は石坂の手だった。うわ、キモ。慌てて手を離したが、石坂は特に気にしていないようだ。よかった。大丈夫だ、起こして済まなかったと謝ると、石坂はそんなこともあるさ、と言い、また自分の布団に戻って行った。・・・それにしても。夢がだんだん、近付いている。ホテルの仄白い天井を眺めながら、そう思った。もう一度目を閉じる気には、とてもなれなかった。
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