JUM×翠星石
翠「何でせっかくの週末に図書館なんか行かなくちゃなんねーですか」
蒼「そんな事言っても、しょうがないじゃないか。調べ物も出来たんだし」
翠星石と蒼星石は並んで市立図書館への道のりを歩いていた。
蒼「嫌なら一人で留守番しててくれてもいいんだよ?」
翠「別にいやだって事はねーですけど・・・」
彼女には蒼星石の調べ物に付き合う義理はこれっぽっちも無かった。
翠「それよりも、調べ物が終わった後だったらどっか行かないですか?」
蒼「いいね。久しぶりに映画でも見て帰ろうか?」
翠「賛成です!」
翠星石の目的はむしろ、蒼星石の用事が済んだ後の彼女とのデート(?)だった。
翠「そろそろ図書館に着くです。さっさと調べ物して遊びに行くですよ!」
蒼「はいはい」
蒼「じゃあボクはこっちの方で調べ物してるけど?」
翠「翠星石は適当に見て回ってるです。どの位かかりそうですか?」
蒼「一時間かからないと思うけど・・・」
翠「じゃあ一時間後くらいにそっちに行くです」
蒼「OK――じゃあ、また後で」
蒼星石は自分の調べ物を済ませるために図書館の奥へと歩いていった。
蒼星石の姿が本棚に消えるまで見送る翠星石。
翠「さてと、じゃあ翠星石は何をするですかね~。適当に歩いてみるです」
図書館の中は本にも優しい環境を保つため、適温適湿で保たれていた。
微かに聞こえてくるクラシックの音が心地よく、本を読みふける人の息遣いさえ心地よい。
翠「真紅とかならきっとこういう所も似合うと思うのです」
首をめぐらせた彼女の視線に入ったのは『飲食禁止』の張り紙だった。
翠「ダメですね。真紅の事だから紅茶がなくちゃ10分ももたないです」
翠星石はどんどんと奥へと進んでいった。
奥へ進むほど人の数は減り、音楽すら聞こえなくなってきた。
まるで迷路の奥を進んでいる気持ちになってくる。
本棚に囲まれた奥に、一箇所だけ机の置かれた空間がひっそりと息づいていた。
周りを見回すと年季の入った本ばかりが置かれている。いや、眠っているといった方が正しいかもしれない。
本棚に手を伸ばして一冊の本を手に取り、空間の中心にある机についた。
翠「あれ?誰かの鞄が置いてあるです・・・」
?「翠星石じゃないか。何やってるんだこんな所で」
翠「ジュン!?どうしてジュンがここに居るですか?」
J「それはこっちの台詞だってば・・・」
翠「翠星石は蒼星石の調べ物に付き合って来てるだけです」
J「ふーん」
翠「ジュンは・・・ジュンはどうして?」
J「僕?僕はたまにここに来て勉強してるんだ」
翠「そんなの全然知らなかったです」
J「まぁ、人に言う事でもないしな。それにこの場所ってほとんど人がこないだろ?」
翠星石は周囲を見回した。
確かにここまで奥まった場所、しかも古い本ばかりの場所に近付く物好きはほとんど居ないだろう。
翠「この場所は・・・いい場所ですね」
J「そうか?翠星石ならもっと賑やかな場所とかが好きそうだけど?」
翠「そんな事ねーですよ。翠星石はあんまり人の多いところは苦手なのです」
J「そうだったっけ?いっつも皆でわいわいやってるからそんな印象無いけど」
(それはあなたが居るから・・・)そう言おうとした気持ちをぐっと堪える。
口から出た言葉はそれとは正反対の言葉だった。
翠「誰もいない場所なら嫌なやつに会う事も無かったです!」
J「何だよそれ。じゃあ僕もここに居ない方がいいな」
翠「だ、誰もそんな事言って無いです!」
J「そうとしか聞こえないだろ!」
翠「うっ・・・ち、ちび人間の一人位が居ても翠星石は気にしないです。そもそも視界に入る事もねーですから」
J「分かったよ!勝手にしろ!――初めにここに居たのは僕だからな。嫌なら勝手にどっかに行け」
彼の一言が翠星石の心をナイフのように抉った。
何故だか分からないけどどうしようもなく悲しくて――涙が出た。
J「な、何泣いてるんだよ!?」
翠「え?――あ!こ、これは違うです!こ、これは――」
J「――悪かったよ・・・別に迷惑でも無いから・・・泣くなよ」
翠「ジュンは・・・迷惑じゃないですか?」
J「ああ。その代わり、いつもみたいに五月蝿くするのはかんべんな?」
翠「そのくらいの常識はわきまえてるです!翠星石は猿とは違うです!」
JUMは鞄から勉強道具を取り出し、翠星石はその傍らで本を読み出した。
『じゃじゃ馬ならし』
それが彼女が手に取った本のタイトルだった。
いつまでそうしていただろう。
翠星石は本の内容など頭に入っていなかった。
真剣な顔で参考書と教科書を見比べるJUMの横顔を飽きもせず眺め続けていた。
J「――どうした?」
気配を感じたのかJUMが急に顔を上げて翠星石を見る。
不意打ち的なその動きに思わず目が合った。
翠「べ、別にどうもしねーですよ?・・・ジュンこそ翠星石に何か用ですか?」
J「翠星石、さっきからずっと僕のこと見てるだろ?」
翠「――!」
ばれてた!その事が翠星石の羞恥を掻き立て、彼女の頬を熱くさせた。
翠「な、ななな何か都合でも悪いですか!?」
J「べ、別にそういう訳じゃないけど・・・ちょっと集中しづらい」
翠「わ、悪かったです・・・翠星石は黙って本でも読んでるです」
J「そういうつもりで言ったわけじゃないんだけど・・・」
翠星石もJUM手元の本に視線を移して黙り込んでしまう。
沈黙に耐え切れず口を開いたのはJUMだった。
J「なぁ・・・何か話さないか?」
翠「何か・・・ですか?」
J「二人でこうしてるのに何も話さないってのも、何かな」
翠「そうですね――ジュンはいっつもここで勉強してるですか?」
J「二週間に一回位かな?あんまり頻繁に来ることは無いけど・・・」
翠「じゃあ、ジュンがここに居る事はほとんど知らないんですね?」
J「と、言いたい所だけど・・・」
その後に続く言葉は翠星石を傷つけるのに十分な破壊力を持っていた。
J「柏葉さんに見つかったんだよね・・・ついこの間」
翠「そう・・・ですか」
二人だけの秘密ではなかった。JUMが悪いわけではない。ただの偶然がそうさせただけだ。巴だって知ってて訪れたわけでは無いだろう。
それなのに。
――それなのにどうして?
翠(どうしてこんなに心が苦しいんですか・・・?)
J「――翠星石?」
翠「――ハッ!?」
J「どうした?気分が悪いのか?ここ、本の匂いで空気が澱んでるからな・・・」
翠「だ、大丈夫ですよ!――蒼星石が待ってるのでそろそろ行くです!」
J「そ、そうか・・・」
慌てて椅子から立ち上がる翠星石。本を棚に戻し、そそくさと来た道を戻り始めた。
J「翠星石!」
立ち去る翠星石にJUMが声をかけた。
J「ここの事は秘密にしといてくれ。頼む!」
翠星石は振り返らずに頷くと、足早に立ち去った。
JUMには切なさに歪んだ顔を見られたくなかった。
夕焼けに染まった帰り道。
翠星石と蒼星石は肩を並べて歩いていた。
蒼「今日はどうしちゃったの?」
翠「別に・・・何も無いですよ?」
翠星石の様子は図書館を出た時から明らかにおかしかった。
翠「本当に何も無いです。それより面白かったですね、映画」
蒼「嘘だね」
翠「な、何を言うですか!映画、面白かったじゃないですか!」
蒼「確かに映画は面白かったよ。でもね、ボクが言ってるのはそんな事じゃない」
翠「じゃあ、何の事ですか?」
蒼「何かあったね?図書館で」
翠「・・・・・・」
蒼「ボク達は双子なんだ。生まれたときからずっと一緒にいる。そのボクが、キミの変化に気付かないと思ってる?」
翠「じゃあ・・・何があったか、分かるですか」
蒼「――大体想像はつく。ジュン君だろ?」
翠「!!!――知ってたんですか!?ジュンが図書館で勉強してるって・・・」
蒼「いや、知らない」
翠「じゃあ、なんで?」
蒼「翠星石にそんな顔をさせられるのは、ボクとジュン君しか居ないからさ」
翠星石は息を呑んだ。
蒼「何があったのか・・・話してくれる?」
翠「分かったです。家に着いたら翠星石の部屋で教えるです」
翠星石は蒼星石に事情を説明した。
事実だけを伝えたつもりだったが、どうやら翠星石の気持ちは蒼星石にお見通しのようだった。
蒼「そんな事があったのか」
翠「ですぅ・・・」
ため息をつく翠星石。
翠「どうすればいいですか?」
蒼「そんなの簡単じゃない。翠星石はジュン君のことが好きなんだろ?」
翠「えっ!?」
一瞬で顔を赤らめる翠星石。
翠「ど、どうして?」
蒼「そんな顔をした翠星石を見れば誰だって気付くさ」
蒼星石は翠星石の瞳をじっと見つめる。
蒼「巴さんに、奪われたくないんだろ?ジュン君のこと」
翠「・・・・・・」
蒼「なら、がんばんなきゃ。ね?」
翠「蒼星石・・・」
じじぃ「かーずきぃー!」
蒼「ご飯だ!さ、早く下に行こう!」
翠「あ、待つです!蒼星石!」
蒼星石はさっさと部屋を出て行ってしまった。
翠(ありがとうです・・・蒼星石)
月曜日の放課後。
翠星石はJUMを人気の無い階段裏に呼び出していた。
J「何の用だ?こんな場所に呼び出して――」
翠「ジュン、昨日の事を覚えてるですか?」
J「きのう?――ああ、図書館の事か」
翠「そうです・・・」
J「大丈夫だったか?おまえ、何か様子変だっただろ」
翠「そ、それは別に思い出さなくてもいいです」
J「そうか」
翠「ジュンはあの場所を秘密にしておいて欲しいんですよね?」
J「そ、そうだけど?」
翠「なら、その約束は聞いてやってもいいです」
J「ほんと――」
翠「――その代わり!その代わり、条件があるです!」
J「な、何だよ・・・無茶は言うなよ?」
翠「翠星石も・・・一緒に勉強させるです。あの場所で」
J「えー・・・」
翠「だ、だめ・・・ですか?」(←上目遣いうるうる)
J「う、五月蝿くしないって約束できるなら・・・」
翠「分かったです!聞き分けの良いちび人間は大好きです!」
J「な!?お前――」
翠「へ、変な勘違いするなです!!!」
J「わかった!わかったから叩くな!痛い!痛いって!」
翠「じゃ、じゃあ今日から図書館に行くですよ!分かったですね!」
J「きょ、今日から?あ、待てよ!翠星石!」
紅「最近、放課後にあなた達が一緒にいるのを見ないのだけど、何かあったの?」
蒼「へ?ボク達に?――何も無いよ?」
紅「そう・・・気のせいかしら」
真紅は首をひねりながら去っていった。
蒼(羨ましいなぁ・・・翠星石。ボクもホントはジュン君と・・・)
翠「ジュン!来るのが遅いですよ!」
J「ごめん、ベジータと笹塚がしつこくて・・・」
二人並んで図書館へと入る。
翠(ジュンと二人だけの秘密の勉強会ですぅ)
~おしまい~
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