龍哭(前編)

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龍哭(前編)

日が西へと傾き、太陽の輝きがより一層赤みを増した頃。白装束の青年が草木を踏み倒しながら、どこまでも歩き続けていた。
つまらなさそうな表情はいつまでたっても消えることは無く、故に彼は満たされない心と、大きすぎる力を持て余している。
ふと彼が思い出すのは、このゲゲルの中で出会ったリント達。元の世界と比べると満足しないのは同じだが、不思議と退屈はした覚えが無い。

最初に出会ったのは脆弱な少年と生身で立ち向かってきた男。歯応えが無い、今まで蹂躙してきた者達となんら変わりが無い。
続いて現れた青い剣士はそれなりに楽しめた。リントの身でありながら、自分に久しく感じていなかった痛みを思い出させたのだから。
次に記憶に残っているのは赤と紺の二人組み。剣士とは別の紙切れを用いて戦うのと、戦闘自体は時間切れという形で終わったことをよく覚えている。
そして赤の戦士は別の姿へ……本郷猛、だったか。緑の姿で二度、赤の戦士も含めると三度も連続して戦っているのに、それを微塵も感じさせない戦いぶりだった。
そうだ、三対一で戦ったこともあった。黄金の騎士と剣士に似ていたが実力は比べ物にならず、その力は今自分の手の内にある。
赤紫の戦士はその色を濃くし、毒々しい紫の剣士として斬りかかって来た。甲冑に包まれた身を突き崩すのは少々困難だったが、本当に少々だ。
ヒビキと名乗った鬼は清らかな音を持っている。事実右肩にヒビを入れられたのだ、その威力と意思は賞賛に値するだろう。

「仮面ライダー……」

仮面ライダー、彼が今まで戦ってきた者達の名。立ちはだかった様々な戦士は、その多くがこの名を口にしている。
青い剣士は仮面ライダーとしてリントを守るために戦った。
赤と紺の仮面ライダーは互いを信じあい、見事な連係を見せた。
緑の飛蝗は自らを仮面ライダーだと名乗り、その命を燃やして挑んできた。
黄金色の騎士は仮面ライダーでありながら自分を失望させ、仮面ライダーの姿を失った。
紫の鎧剣士も、音を使う鬼も仮面ライダーだ。もしかしたら、最初のあの男達も仮面ライダーだったのかもしれない。

――――だが、それまでだ。今まで出会ったどの参加者も自分を満足させ、心の底から楽しませるには遠く及ばない。

(……まだかなぁ……)
自分を楽しませてくれる存在。究極の闇であるに並び立つのは、やはり同じ究極しかない。
彼――――ダグバの知る限り、究極の元へたどり着けそうなものはたった一人しかいない。太古の昔自分を封じた力を受け継いだ、心の優しい青年。
青い仮面ライダーと共に自分と戦い、その手で青い仮面ライダーを殺してしまったあの男。その男のもう一つの名を、ダグバはまるでいとしい恋人を呼ぶように呟いた。

「…………クウガ…………」

――――ゥオン。

グロンギとしての超感覚が、微かに聞こえるバイク音を捉える。頭に浮かぶのは待ち焦がれていた究極の素質を持つ男。
ついに来たか、来てくれたかと興奮する様は、ダグバを知る者からすれば彼らしくない、と評することだろう。
とはいえそれも無理は無い、彼はこの島に着てからずっとお預けを食らっているといっていい。期待するなというほうが酷と言う物だ。

だが。
「……なぁんだ、違うのか。」
零した声に失望の色が混じったのは、来訪者がクウガでなかったから、と言うだけではない。ついさっき戦った相手が再び現れれば、ダグバでなくとも萎えるだろう。
そういえばもう一人いたな、と今更になってダグバは思い出す。全てを破壊しながら、自分に挑んできた仮面ライダーがいたな、と。

「よぉ、探すのに手間取っちまったぜ。」

それが――――この男、牙王だ。

「どうした? しけた顔しやがって。」

牙王の挑発めいた言葉に、ダグバは溜息で答える。楽しみでなかったと言えば嘘になるが、楽しみにしていたのはもっと強くなった牙王だ。
たった数時間程度で、大きな進歩など期待も出来ない。対象が熟成され切った強さを持つ牙王ならば尚の事。
と、ここでダグバは、牙王の傍らにいた自分と同じ種族が見えないことに気づいた。我が部族の中で最も究極の闇に近づきながら、クウガに敗れたはずの戦士の姿が。

「ガドルは?」
「あ? あぁ、あいつはなぁ……」

不敵な笑いを浮かべて、一呼吸。

「おいて来たぜ。」

  1. + +

荒野に男性が二人並び立ち、言い争いをしているというのもなかなか珍しい光景かもしれない。
それも片や軍服の、片や全身刺々しい衣装を着込んだ壮年の男性ともなれば、もはやめったに見られるものではない。

「ふざけんな、こっちはさっさとダグバを喰いたいんだよ。」

寄り道食ってる暇なんてあるか、と掴み掛かったのは牙王の方からだった。きっかけは、自分たちがダグバの元へ向かっていないという些細なものからだ。

「まずは身体を整えることだ。今のままダグバに挑んでも毟られるだけでしかない。」

ガドルが異議を唱えたのは、いずれ牙王を倒すのは自分、と無意識に拘っていたからかも知れない。
いずれにせよ、今すぐダグバの元へ出向いたとて牙王に勝ち目があるとも思えない。ガドルは彼なりにそのことを伝えようとしたのだが。

「知るかよ、俺に指図が通るとでも思ったのかよ。」

瞬時にデイパックに手を突っ込み、ガドルの首筋に刃を突きつけた。目線だけで降りろと指示され、ガドルはバイクから降りることを余儀なくされる。

「ふっ、じゃあな。ダグバを喰った後……気が向いたらお前のところにいくかもな。」

それだけ言い残したかと思うと、牙王はバイクを吹かして走り去ってしまった。
狙おうと思えば、射撃体に変化してとめることも出来たろう。しかしそれを行わなかったのはガドルの誇りが、ゴとしての矜持がそれを許さなかったからだ。
幸い、目的の場所自体はもうすぐそこだ。ガドルは荷物を背負いなおすと、保養所まで短い道を駆け出していった。

  1. + +

「そんじゃさっさと続き、始めようぜ。」
今にも待ちきれないのか、牙王はバイクから降りて走り出す。その姿が鎧に包まれることは無く、代わりに右腕が巨大な刃に包まれていた。
微細な振動を続ける鋸のようなその武器の名はGS-03・デストロイヤー。かつて警視庁が作成した特殊強化装甲服の武装の一つ。
ダグバに届く数歩手前で跳躍し、腕の刃を振り上げる。大気を切り裂きながら震える刀身に、暮れなずむ夕日が煌く。

「オラァッ!」

降ろされた切っ先はダグバの右手に吸い込まれ、生身の肌から色鮮やかな血液が噴出……さなかった。

「な……!」
「軽いね。」

刃は確かにダグバの左の掌に吸い込まれた。しかし切っ先がその肉を抉る事は無く、牙王の力もたった五本の指で止められていた。
振動刃が肌に触れないぎりぎりの所まで迫っていながら、親指から数えて三本目までの指が的確に刃の腹を押さえつけている。ほんの少し距離を見誤れば親指が撥ね飛んだろう。
押し込もうとも、引き抜こうとも動く気配を見せない。どんどん苛立ちが高まり、反射的に開いている左の拳で殴りかかる。

「オ、ォォッ!」
「遅いよ。」

拳がダグバの顔面を打ち抜く寸前、牙王の視界が横に傾く。何が起こったのか、それは数秒遅れてやってきた鈍い痛みと土の味が教えてくれた。
地面に倒れこんだ牙王をダグバが見下ろしている。その目は仮面ライダーと戦っている時の純粋な目でなく、脆くて弱いリントを虐殺する時に見せる冷めた目だ。
牙王のあまりの弱さに失望した――――というよりも、興味をなくしただけか。全てを喰らい尽くすなどと豪語した牙が、ここまで落ちぶれているともはや呆れる気すら起きない。
直に手を合わせた間柄であるからこそ分かるこの劣化を引き起こした原因は、間違いなくその身に刻み込まれた大量の傷。
そのうちのいくつかは他ならぬダグバが刻み付けた物だ。それが他の参加者につけられた傷と重なって、今の弱体化を導いたのだろう。

「……ッ、寝ちまったか」

軽く落としたつもりなのに、どうやら軽く意識を飛ばしてしまったようだ。ますます牙王に対する興味が失せていく。

「弱くなったね、牙王。」
「あぁ?」

馬鹿にされたような気がした牙王は立ち上がってダグバの胸倉をつかむ。が、今はその力も先の闘争とは比べ物にならない。

「誰が弱くなったっ……!?」

言葉の途中で顔を掴みあげ、脇へと振り払った。力の勢いをそのままに、牙王の体は荒野を転がっていく。
その様を眺めていたダグバは、何かを思いついたかのようにデイパックから何かを取り出し、牙王の方へと投げつけた。

「……」

頬に硬いものが当たる感覚で目を開けるとそこには、見覚えのある黒いケースが存在していた。
それを掴みながら立ち上がり、きっとダグバの方を見据える。もう既に彼は歩き始めており、背中は小さくなりかけていた。

「おい……これぁ一体何のつもりだ!?」

その叫びにぴたりと足を止めたダグバが、けして大声ではないが辺りに響く程度の声で話し始める。

「貸し借りは好きじゃない、でしょう。借りていたものを返しただけだよ。」

くるりと振り返った白い姿が風に吹かれ、同じくらいに白い顔が赤い光に染まった。一度だけ微笑んで、彼はこういった。

「それでもっと強くなったら、もう一度だけ遊んであげる。」

ダグバは上、牙王は下。相手が自分よりも優位な立場からこっちを見ている――――その事実が、牙王の神経をさらに逆撫でした。

嘗められてたまるか。
見下されてたまるか。

「ふざけんじゃ……」

デストロイヤーに黒いケースを掲げ、ベルトを装着する。激高した頭は変身のワードも紡がず、ただひたすらに怒りの叫びを吐き出す。

「……ねえぞォォッォォォォッ!!!」

蟋蟀の様な黒い鎧が体を包んだ瞬間、デッキから引き抜いたカードを二枚続けてカードリーダーに読み込ませた。

―― ACCELE VENT ――
―― SWORD VENT ――

加速した体は風を切り裂く勢いで、まっすぐダグバの元へと向かった。一撃で決めるために今度は必要最低限の動きに留め、棘の生えた大剣を振り抜く。
超高速の時間が終わりを告げると同時に、オルタナティブゼロの持つスラッシュダガーがダグバのいた場所を地面ごと抉り取った。

「俺を嘗めるなよダグバァ……」
―― MIGHTY ――

「なっ……」

背後から鳴り響く電子音声、一瞬の後に訪れた斬撃がオルタナティブゼロの背面装甲を切り裂く。その威力は、牙王の変身を解かせるには十分だった。
倒れこんだ牙王のすぐ脇の土を、グレイブラウザーが突き刺した。赤いダイヤの瞳が無言でそれを見つめている。
いつの間に変身したのだろうか、加速を始めたときはまだ生身だったはず……いや、もうどうでもいいか。

「やれよ……ダグバ。」

二人の間に流れる沈黙。やがてグレイブが自分の剣を掴み、引き抜いて――――
――――そのまま何もせずにまた歩き出していった。叫んで引き止めることもならず、ただただ変身を解く後姿をただ悔しげに見ている事しか出来なかった。

「……チッ。」
牙王の、完膚なきまでの敗北だった。


「うわ、ひっでぇ。」

城戸真司の視線の先には、夕日に照らされたよつば療養所……の、変わり果てた姿が映っていた。
壁一面にひびが入り、所々内部まで届く穴も開いている。つい最近、ここで何かあったことは明白だった。
死神博士の持つ鎌が外壁をいとも容易く切り裂き、新たな入り口を開く。ほんの少し砂埃が立ち、足元が曇る。

「影山よ、お前は上の階の探索を命ずる。城戸はワシについて来い。」

その声に弾かれたかのように機敏に動き、影山は自分の分のデイパックを担ぎ階段を上っていく。その小さい背中を見て、真司は心の中で情けないなと呟いた。
しかしいまはそんな悠長に他人を観察しているような場合でもない。二つのデイパックを担ぎ、駆け足で博士の後を追う。

「ほう、温泉か……ずいぶんと手酷くやられたものだな。」

死神博士が見つけた露天風呂、ここが最も損傷が激しかった。策は砕かれ、鏡やガラスの欠片はそこらに散らかっており、とても歩けたものではない。
ここまで何もかもが壊れていながら、浴槽と湯船だけは今も白い湯気を放っているのが、多少異質だったが。

「うおお、俺ひとっ風呂浴びてこうかなぁ?」
「阿呆、殺し合いの最中に湯船に漬かる者などいるものか!」

一喝する死神博士に、思わず真司は耳を塞ぐ。今回は流石に博士の言い分を否定できなかった。
運良く病院からここまで誰とも遭遇しなかったが、いつ誰の襲撃があるかもわからないのだ。時間で考えれば変身制限は解けたもののそれでも心細いものがある。
というわけで、ここに長居する必要はない。必要な情報を確認したらすぐに大学へと向かう事が現状もっとも安全な計画だった。

……もちろん、数時間ほど前にここに何人もの参加者が入ったことは誰も、知らない。

「ちぇ……ん、何だこれ?」

光る小さな衝撃。静電気というにはあまりにも強すぎる……さながら小さなスタンガンを食らった様な衝撃。
不用意に伸ばした手に、青白い電流が駆け抜ける。声も上げられず蹲る真司には目もくれず、死神博士が電気の発生源へと近づいた。
奇跡的に倒壊していない浴場の壁の、鏡の向こう側。僅かなひび割れから延びたコードが、バチバチと放電している。

「少し離れていろ、そこにいると首が飛ぶぞ。」

ようやく立ち上がろうとした真司は、死神博士が振りかざす鎌を見て再びしゃがみこむ。いくら真司とてこのままどうなるか想像がつかないほど馬鹿ではない。
振りかぶった大鎌が、つい数秒前まで真司の首があった場所を通り抜ける。外壁に大穴が開きコードの先――――内部に隠された機械が露になった。
内部には先ほどと同じようなコードが何本も備え付けられていた。大方、何かの拍子にはみ出したコードの先を、濡れた手でつかんだのだろう。
この機械はショッカーの本部や、様々なアジトでもよく見かける。民間のものを利用する作戦もあった気がした。

「発電機……それもかなり高性能のようだな。」

ちらりと振り返り、自分らがいる建物の規模を確認する。温泉とその他もろもろの電力を賄うにしても、目の前にある発電機は多きすぎた。
かといって島全部を補うにはあまりにも小さい。となれば、この建物にはまだまだとびっきり魅力的な裏の顔がありそうだ。

(ここに来た事、どうやら正解だったようだな。)

思わず口の端が歪む。その名の通り死神のような微笑は、ショッカーで仮面ライダーと戦っている時とまったく変わらなかった。
その笑いは立ち上がった真司の目にも映る。ただ彼の思考はそこに無く、先の放送の主――橘朔也だったか――だけを案じていた。

  1. + +

保養所に着く少し前、午後二時頃。三人の持つ携帯電話四つ全てから一斉に男の声が流れ出した。

――――『まず、この放送を目にしている参加者の皆様に突然の無礼を詫びさせてもらう』

「うおっ、何だ!?」
「まだ放送の時間じゃないはずだが……」
「二人とも少し黙っておれ。」

狼狽する二人を戒め、死神はじっと集中する。画面はノイズがかかり顔の判別はつかないものの、そう年を取っている訳ではなさそうだと言うのはわかった。

――――『私……橘朔也は、君達と同様、このゲームの参加者だ』

「橘朔也……影山、お前知ってるか?」
「い、いや。おれも始めて聞く名だ。」
「黙っておれというのが聞こえんのか。次同じことをしたら命は無いと思え。」

死神の大鎌が背中で煌く。その間にも橘と名乗る男ははっきりとした声で放送の内容に入った。

――――『単刀直入に言わせてもらおう。……私は、ゲームの終了に必要な鍵を所有している』

ゲーム終了の鍵、その言葉に死神博士はハイパーゼクターを思い浮かべた。しかしそのハイパーゼクターは現在も自分のデイパック内にある。
影山の証言からも、少なくとも影山のいた世界にハイパーゼクターがもう一つあるとは考えにくい。別の世界にあったとしても、二つも支給するメリットは無い。

(全く別の道具か……調べてみる価値はあるな。)
死神の考察を知ってかしらずか、橘と名乗る男は放送を続けていく。

――――『そこで、だ。……協力者を募りたいと思う。我々の結束なくして、脱出という悲願の達成は有り得ない』

やはりか。この橘という男は脱出、それも大人数の脱出によるゲームの打開を目指している。
もし闘争を望む者なら脱出の鍵を持っているなどという必要が無い、例え本当に持っていたとしても人を呼び寄せるになら協力者を募るだけで十分のはずだ。
もし愚か者に紛れ勝利を目指す者ならむざむざ目立つような真似をするものか。放送に呼び寄せられ集まるのはお人よしだけとは限らないのだから。

(となればこの放送は本意と考えて相違ない……それに……)

――――『こちらの現在地は――――君達も察しがついているだろう。……そう、放送局だ』

わざとらしく強調された「放送局」の場所。これに気づかぬようではショッカーの大幹部は務まらない。

(わざわざ自分の場所をはっきり伝えるからには、それなりの策があるのだろう……)
不思議と口元が綻んだ。この一時間ほど後、彼が保養所で浮かべる笑みと同じものだった。

――――『ここから我々は――!?』

男の声が驚愕の色に染まり、画面のノイズと通話口を通して伝えられる空調音がぶつりと途切れてしまった。
通話ボタンを何度も押すが、放送の続きは流れてこない。どうやら放送局側で放送が途切れたらしい。

「お、おい、続きはどうした!?」
「っかしーな、電波が足りないのか?」

影山は状況が理解できず携帯に向かって叫んでいる。真司も真司で両手をぶんぶんと振ったり、天高く掲げたりしている。
舌打一つ、わざと二人に聞こえるような大きい音で鳴らす。二人がそれに気づいた時には、死神は再び保養所へと歩き出していた。

「博士!放送の元に向かわなくてよろしいのですか?」
「急に途切れるなんて……橘って人、なんかあったのかも知れないっすよ。」

振り返らず、ピタリと歩いていた足を止める死神。二人の耳に、ため息をつく声が入ってきた。

「……確かに、貴様の言うとおり放送の男には……襲撃か、あるいは主催の介入か。何かしらのアクシデントがあったと見て間違いないだろう。」
「だったら……」

ピシィッ!

死神の持つ鞭が、まるで見えているかのように真司の足元を抉り取る。影山はもう音だけで驚いてしまったのか体がカチコチに固まっている。
すぐさま鞭を手繰り寄せて、振り返った。その目は真司でも影山でもなく、もう小さく霞んでいる放送局を見据えていた。

「だが、我々が今すぐ行く義理は無い。ゲーム終了の鍵を握っているのは何も彼奴だけではないのだからのう。」
「……っ!」

真司が否定の言葉を出そうとするが、うまく声にならない。ただただこぶしを握り締めるしかなかった。
死神は、橘を見捨ててもさして問題は無い、といっているような物だ。直接は言わないものの、暗にそう示されている。

「しかし……」

ただこのまま真司が自分に不信感を抱き、使い物にならなくなっても困る。そう考えた死神はたった一つだけ真司にフォローを加えた。

「自分の居場所を参加者全員に晒したのだ。何かしら自分を守る術と、自信を持っているのだろうよ。」

これは半ば確証に近かった。死神自身橘とは出会っていないし、関わりがあるとしても先の放送、それも一方的なものしか持っていない。
だがその落ち着いた声、聞くものを惹きつける言葉を聞く限り、彼が愚かしいまでに頭が悪いとはどうしても思えなかった。
そんな彼が何の考えなしにリスクを背負ってまで放送するものか、とも。

「どうしても気になるのならば脱出の算段とやらが整ってから向かえばいい。のう影山?」
「はッ、ハイ!」

いきなり話を振られた影山が裏返った返事をする。つい数秒前まで枯れ木のように丸まっていた背中が嘘の様だ。
真司に向かって引きつった顔で合図を送る。その目は早く行けと、口よりもはっきりと叫んでいた。
観念したようにデイパックを担ぐ真司を見て死神は満足した笑みを浮かべ、静止していた足は目と鼻の先まで迫った保養所へと動き出していった。

  1. + +

回想を終え、まじまじと死神を見つめる。その顔に張り付いた笑みは、ここに来る直前まで死闘を演じていた自分の影を髣髴とさせる。

(なんか、初めて会ったときと全然違うなぁ……)

ついさっき病院で談笑していたときは城戸『くん』なんて呼んでいたのに、もう今となっては単に苗字を呼び捨てられるだけに過ぎない。
何か気に障ることしたっけか……と病院での出来事を振り返る。ハイパーゼクターを渡し、乱入した鳥の怪人と戦い、変身した博士との共闘……?

(アレ? 何か今……)

まるで魚の小骨が突き刺さったような違和感。
どこで違和感を感じたのか、鮮明に記憶の内容を映像に起こして確認する。一つ一つ見逃しがないように、じっくりと。

談笑する死神博士――――鳥の怪人の乱入――――死神との共闘――――攫われた風間――――吊るされた死体――――!

(もしかして……)
病院での戦闘の際、死神は確かに人在らざる者に姿を変えていた。怪しげで聡明な老紳士から、真っ白いダイオウイカの改造人間へと。
映像と平行して脳内で再生するは、もっと前の言葉。死神と出会う前……そう、初めての放送の直後、その場にいた皆と言葉を交わした時だ。

――――骨付き肉を食ってた男に、イカの怪物に変わった奴。それに赤い岩みたいな化けモンだ。

疑問が新たな疑問を呼び、その疑問はやがて確信へと変わる。なぜ今の今まで忘れていたのだろうか、なぜ今の今まで疑わなかったのだろうか。

一文字隼人を襲った老紳士とは、死神博士その人ではないのか?

即座に浮かび上がるのは、一文字と死神のいっていた『本郷の知り合い』ということ。二人に共通している情報といえばそれくらいだ。
この内、一文字は本郷から直接言質を取っているので本当と見て間違いない。ただ死神博士は……本郷も、その存在を言及していなかった。

(……これじゃあ、怪しすぎる、よな。)

いくらお人よしの真司といえど、死神博士を疑わざるを得ない。ただでさえ冷酷そうだと思っていたのだから尚更だ。
名簿に記載された二人の本郷と一文字の名。もしかしたら城戸の知る本郷と死神の知る本郷は別人なのかもしれないが、それがなぜ一文字を襲うことに繋がるのか想像がつかない。
真偽を問いただす必要がある。本当に本郷の知り合いなのか、一文字を襲ったのは彼なのかを。
出会ってから間もないとはいえ仲間を疑うということに抵抗はあるが、もしかしたら自分が悪魔と手を組んでいるのかもしれ無いのかもしれないのだから。

「博士!」
「なんだ、城戸よ?」

ほんの少し躊躇うが、数瞬の後意を決して口を開く。

「あ、あの! 聞きたいことが……」

真司の声と重なるように、階段を下りる音が響く。探索を終えた影山がこちらに向かってきたのだ。
死神はその手に抱えていた鎌と鞭を引っ込め、浴場の出口へと向き直った。釣られるように真司も体を方向転換させる。

「終わったか、では我々も行くとしよう……何か言ったか?」
「え、あの、この機械、調べなくていいんすか?」

興味が別の方向へそらされた驚きを、咄嗟に別の話題を出してごまかす真司。対する死神は一度冷ややかな目で真司と機械を見た後、

「必要ない。」

とだけ告げた。


「……結局のところ、どう思いますか。」
「ふむ、少なくとも仮面ライダーの諸君はまだ放送局についていないらしい。」

工場の広い空間に、二人の会話する声だけが木霊する。内容はもっぱら橘という男が行った放送についてだ。

「あの橘という男、余計なことをしてくれたものだ。」

手近な梱包剤やダンボールなどで作った有り合わせのソファ。その上に寝転がる男が呟いたのは、未だ手を止めない北條へ向けてのものではない。
しかし言わんとしていることは十二分に理解できた。先ほど流れた橘の放送は多かれ少なかれ参加者に影響を与え、放送局へ呼び込むだろう。
そして御遣いに出した五代たちにも、同じように放送するよう命じた。違うのは放送局か研究所かということと、橘のほうが少し早かったということだけ。

要は、自分が集めるつもりだった獲物を持っていかれて悔しいらしい。

その感情をおくびにも出さないが、腹の底ではきっとそう思っているに違いない……それがこの、乃木怜治という男をしばらく観察した上で出た結論だった。

(それにしても……)

放送が流れたのはだいぶ前だが、どうにも話題がないので同じ話ばかりしている。逆に返せば今だ工場で目ぼしい情報、または設備が見つからないということ。
このまま何も見つからなければ、自分の身がどうなるかわからない。次の瞬間には首と胴体が寸断され……いや、案外何もなかったりするかもしれない。

「……読めないことが一番恐ろしい、ですか。」
「何か言ったかな?」
「いえ、何も。」

喋りながら近くに積まれている書類に片っ端から目を通していく。しかし目当ての情報はなかなか見つからず、大概がどうでもいいような情報だ。
なかにはどこかのカレー屋やらクリーニング店やらのチラシなども混じっており、目を通すのが馬鹿馬鹿しくなってきそうなものだ。

「どうかね、何かこの散歩に見合った拾い物はあったか?」

寝転がっていた状態から飛び起き、かつかつと靴を鳴らし北條の元へ歩み寄っていく。どう答えようかと考え始めた瞬間――――

「……!」
「ほう、その顔からするとどうやらいい物が見つかったようだな。」

笑みが張り付いた北條の顔を見て、乃木はそれを肯定と解釈する。握られている書類の束を手早く引ったくり、端から頭の中に叩き込む。
書類といっても、文章は所々走り書き程度に加えられているだけ。断面図、内部図解などに重点を置かれたそれはむしろ設計図といったほうが適切か。

「……クク……ッ……」

乃木のの堪え切れない笑い声が、工場の壁に響き渡る。やがて音が大きくなるのは反響の結果でなく、元の声から大きくなったためだ。

「ハァーッハッハッハッハッ!!……ふぅ、いや驚いた。まさか首輪を手に入れるよりも早く内部構造を知るとはな。」
「御期待にそえましたか?」

むしろ期待以上だ、と労いの言葉を返す。ろくな収穫など期待していなかっただけに、この時だけは心の底から北條を褒め称えた。
その設計図に描かれている製品にはとても見覚えがある。この島に着てから何度も見ているし、今も枷として忌々しく巻きついている。

――――首輪の、詳細な設計図。こればかりは『材料から直接生産をする』工場だからこそ手に入ったようなものだ。

この情報が研究所に存在しなかったのは、この製品のほんの一部分しか関わっていなかったからであろう。
例えば首輪をワインだとすると研究所が受け持つのはワインの中身、この工場はボトル、ラベル、包装といった外側全般といったところか。
材料から形作り、組み立て、大まかな外装を仕上げるのは工場の仕事。肝となる灰化のメカニズムは研究所などの施設で生み出される。
さりとて、工場での情報が全く意味を持たない……というわけでもない。
設計図には内部の図解、材質、用途が詳しく載っている。どれも首輪そのものを空けて見ないとわからない情報ばかりだ。
いくら情報が必要とはいえ自分の首輪を開くにはリスクが高すぎる。極端な話、少し開いただけでこの身が塵芥となる可能性だってある。
しかしこれさえあればどの程度なら切り開いても作動しないのか、どの機械がどの役割を果たすのかが手に取るようにわかる。

(この所々に書かれた単語は……『オルフェノク』。スマートブレインの持つ技術の名前でしょうか。)

北條の思考の先にあるのは数多く記されている見慣れない単語と、首輪内部の構造の内、ひとつだけブラックボックスと化している部分についてである。
『オルフェノク』が何を指し示すのかは現状何の手がかりもない。しかし、もう一つの方は書き散らされたメモのような文面から、ある程度は推察できる。

「見たまえ、この部分だけ何の説明が入っていない。」

設計図を捲りながら乃木が指差すのは……丁度スマートブレインロゴの下の空間。隙間を埋めるように書かれているメモ書きや、機械構造がまるで描かれていない。
……いや、実際まだこの部分は完成していなかったのかもしれない。そう感じたのは冊子の最後のページ、唯一ブラックボックスに書き込まれた殴り書きを見つけたからだ。

曰く、

『アンプルはよつば療養所の結果待ち。実用化が可能になった段階で容器の製造、及び組み込みを始める。
 また、井上研究所の薬理実験のデータ次第で量が変わるので、スペースは心持ち広めに取っておいてください。』

とのこと。

「この文を見る限り、首輪に何かの……そうですね、薬か何かが仕込まれていると見て間違いないでしょう。」
「どうやらそのようだ、ご丁寧にヒントの場所まで書いてある……!」

首輪を撫でながら設計図と睨めっこをしている北條から、さっと設計図を抜き取ってデイパックの中へ押し込む。

べきり。

いったい何を、と言葉を紡ぐ前に乃木が口を塞いだのと、背後から第三者の存在を知らせる破砕音が聞こえてきたのは、殆ど同時だった。


影山は、長い時間探索した割には何も見つけられなかった。収穫らしい収穫といえば、二階の一室に誰かが使用した痕跡が残っていたことぐらいか。

「……構わん、案内しろ。」

命令の言葉に反応してくるりと回れ右をし、さっさと階段を上り始める。その後ろから死神が鎌が不用意に壁を傷つけないよう器用に、一段一段注意して上っていった。
死神が階段の中ほどまで来たところで振り返ると、後に続くはずであるもう一人の男がいないことに気づいた。

「城戸! 何をしている、早く上がって来い!」

上まで上りきった影山の呼びかけで、ようやく思い出したかのように真司は階段を駆け上がってきた。

「ったく……あ、ここがその部屋です。」

愚痴りながらも影山は死神を迎え入れるため、部屋のドアを開ける。死神は、どこか様子のおかしい真司を見ながらも、すぐに前を向き部屋を探索し始めた。
他の部屋と違い浴衣が無いことや、鍵のかかっていない窓。ここに誰かがいたのは間違いないらしいが、かといって今この施設に潜伏しているわけでもなさそうだ。

かさり。

何気なしにベッドに腰掛けた影山の手が、何か硬いものを掴んだ。ゴミかとも思ったが、よく見てみると乾燥した植物のようにも見える。

「博士、こんな物が……」
「ふむ……これは藻、か?」

あれこれ角度を変えてみながらショッカーで得た記憶と照らし合わせるが、このような植物は見たことが無い。絶滅した種かなにかだろうか。
なまじ乾燥しているだけに、少し力を入れるだけで砕けてしまいそうだ。すり潰して粉にする薬と考えられなくもないが、正体が掴めない以上何か加工するのは得策ではない。

「持ち帰り調べてみるのも悪くな……?」

視界の隅に、ようやく上ってきた真司の姿が映った。部屋の前で立ち止まったまま入ろうとせず、その視線はどこか泳いでいる。
階段を上ろうとした時や浴槽で何か言いかけた時といい、先ほどから挙動が不審……というか、不可思議すぎだ。

「城戸よ、まだあの橘とやらが気になるのか?」
「いや、そうじゃないっす……あ、気にならないわけじゃないんですけど。」

橘のことは否定するも、何か隠していることは否定しない真司。絵に描いたような、隠し事が下手な典型的な馬鹿だ。

「ならなんだと言うのだ? 何か隠していることはとうに見抜いている、ついて来い。」

死神がマントを翻し部屋の外へ出る。言われるがままに真司と、植物をポケットに押し込んだ影山が後についていく。
階段を下りた先は、ソファーの備え付けられている中央ロビーだった。

「さぁ、ここなら落ち着いて話せるだろう。」

少し躊躇いながらも、丁度死神と向かい合う形で座り込んだ。影山が隣に腰掛けたのと同時に、真司の重く閉ざされた口が開いた。

「……俺の病院で落ち合う予定だった仲間の中に、本郷さんの知り合いの一文字ってやつがいたんすけど、博士知ってますか?」

その名前に死神の眉がびくりと反応した。しかしあくまで冷静に、問いかけられた内容に答える。

「ああ、もちろん。彼も本郷もワシの知り合いだが。」
「……さっき思い出したんすけど、一文字の奴、『イカの怪物に変わる参加者』に襲われたらしいんです。それで……」

真司の言わんとしている事は、影山にも十分伝わった。彼も真司も、数時間前の戦闘で死神がイカデビルへと変身した所を見たのだから。
ゴホン、と咳払いを一つ。マントの中から手を差し出して、続けろと合図を送った。

「その……もしかしたら、一文字を襲ったのは博士なんじゃないかー……って、ずっと考えてたんです。
博士、あんた本当に本郷さんの知り合いすか? もしそうなら、何で一文字を……襲ったりしたんすか?」

語り終えた真司が、疲れ果てたかのように大きな溜息を吐く。同じように息をついて、影山は始めて自分が息を止めていたことに気づいた。
最後まで黙っていた死神は真司の疑念を聞いた後、しばらく考えこんだ末再び咳払いをし、落ち着いた面持ちで話し始めた。

「……城戸よ。お前の知っている本郷と一文字は、どうやらワシの知っている二人ではないらしい。」

顔を驚愕の色に染め名簿を確認する影山とは対照的に、予想通りといった風な真司。以前交わした会話で本郷と一文字が二人いるのは把握済みだ。
襲った襲わないはともかく、もしかしたら別人なのではという疑念も、浴場にいた時から可能性としては考えていた。

「あの一文字を名乗った若造……いや、奴も別の一文字か。ワシは確かのその男を襲った。」
「らしい……すね、名簿にも二つの名前があるし。」

一番予想していた、だが一番聞きたくなかった告白に真司は苦虫を噛み潰したような表情を隠し切れない。
出来れば思い過ごしで、イカの怪物は誰か別の参加者か何かであってほしかった。一方死神の危険性目の当たりにしている影山は、さほど衝撃を受けていない。

(これってまさか、一触即発って奴か?)

肝を冷やしながら沈黙を貫く影山をよそに、死神は告白と一文字を襲ったことへの弁解を再開していく。

「あの男が一文字を名乗った瞬間、ワシは確信した。あやつは人の名を騙り殺人を犯す、悪人だと。」

実際この推測は的を射ている。別人の名を使い殺人を重ね、その悪評が人から人に伝わっていけば回りまわってその名を持つ人物に降りかかり、結果としてこの遊戯は加速されるからだ。

「ワシの知る本郷や一文字は立派な青年だった。故に、ワシにはどうしても彼らの名を騙る者達を放って置けなかった。
 こんな状況だ、他人の名を使い悪行を行働く者も出てくるだろう……彼らが人に攻められる位なら、罪を背負うのは老いたワシ一人だけでいい……そう思ったのだよ。」

ソファの背もたれに体重を預け、天井でチカチカと消えかかっている非常灯を見つめてどこか遠くへと呟いた。

「結果的には同姓同名だったとはいえ、彼には悪いことをしてしまったな……。」
「死神博士!」

立ち上がった真司はがっしと死神の手を握り、力いっぱい思いっきり頭を下げた。

「すんません! 俺、一人で博士を疑っちゃうなんて……一文字にも、後できちんと謝れば何とかなりますよ!」

……ぶんぶんと腕を振る真司の目に、光る物が見えた気がしたのは気のせい、だと信じたい。
その勢いに押されながらも、死神は内心驚き、それでいて呆れていた。土壇場に思いついた即興の嘘だったがここまで完全に信じるとは、真司は病的なまでにお人よしらしい。
また、真司の語った話から一文字、つまり最初の放送で呼ばれた一文字が、『自分の知る』一文字だった事を図らずながら知ることになってしまった。

(知り合いはもうワシ一人……だからどうした、もとよりショッカー大幹部は一人でもやっていけるわ。)

――――ィィィン――――キィィィィィィィン――――……

突如、三人の耳に突き刺さる甲高い音。唯一この音に聞き覚えのある男が、たった一人素だけ早く動くことが出来た。
「……博士! 危ないッ!」
ソファごと突き飛ばされた死神の目に映ったのは、鏡の中から現れた虎の怪人と、さっきまで自分がいた所を赤く染めている真っ赤な水玉。

「が、ぁ」

――――真司の血飛沫だった。


105:病い風、昏い道(後編) 投下順 106:龍哭(中編)
110:tears memory 時系列順
097:Sturm und Drache 城戸真司
097:Sturm und Drache 影山瞬
097:Sturm und Drache 死神博士
104:大切な人は誰ですか 東條悟
104:大切な人は誰ですか 三田村晴彦
099:激突! 二人の王 ン・ダグバ・ゼバ
090:肯定/否定――my answer 乃木怜治
090:肯定/否定――my answer 北條透
103:牙の本能 牙王
103:牙の本能 ゴ・ガドル・バ

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