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Fiat Lux


 肌寒さに目を覚ました風谷真魚は、自分が随分と狭いベッドに寝ていることに気づいて身を起こした。
 ぼんやりとした灯りに気づき、瞼をこすりながら辺りを見回す。
 レンガ風のタイルの敷き詰められた遊歩道の両脇には間口の広い建物が並んでいた。濃い紅色の花の群れを抱えたアザレアの鉢が、所々に篝火のように腰を据えている。
 その穏やかな風景を突き崩す電子音に気づき、彼女は自分の腰掛けた場所に目を落とした。ビリジアンに塗られたベンチの上で、携帯電話が不満げに振えて彼女を呼ぶ。
 おそるおそるそれを拾って開くと、場違いに明るい声が流れ出した。
 あまりにも無惨で非現実的な、処刑の実況中継だった。

 一連の放送が終わった後、冷えきった少女の手の中には何も映っていない携帯電話だけが残された。いまだに何が起こったのか実感が湧かず、呆然とベンチに座り込む。
 吹き抜ける風が身を凍えさせた。春とはいえ、まだ陽が落ちれば気温は下がる。真魚は側に落ちていたデイパックを拾い上げ、どこか風をよけられる場所を見つけようと立ち上がった。
 左右に連なる建物はどうやら何かの店らしい。探せば薄手のコートくらいは見つかるかも知れない。
 いくつか先の扉が開いているのに気づくと、彼女は急いでその隙間から中に滑り込んだ。誰かに襲われる恐怖といったものは、彼女の頭にはなかった。

 営業時間を終えたショッピングセンターの広い通路には、非常灯だけがぽつぽつと連なっている。三階建ての吹き抜けに革靴が床を鳴らす音が遠く響き、真魚自身を怯えさせた。柱の影に置かれた棕櫚の葉が、空調から吹き出す生暖かい風にせわしなく揺れる。
 彼女は置き去りにされた売り出しのハンガーから、太い毛糸で編まれた丈の長いカーディガンを取って羽織った。屋内に入ったせいで寒さは感じなくなったが、暖かさに安堵する気持ちは残っている。
 側のショーウィンドウに自分の姿を映して確認すると、首元につけられた見慣れない銀の輪が淡い照明に光った。
 そのままギャラリーの奥に向かって歩を進めた彼女の目に、倒れたベンジャミンの鉢が映る。
 彼女は特に考えるでもなく、それを起こそうと歩み寄った。
 床に当たったせいで枝がいくつか折れ、白い飾り砂が床にこぼれている。鉢を起こし、手で床の砂を掬おうとした時、彼女はそれを見つけて思わず悲鳴を上げた。
 そこにはCDの外径よりも僅かに大きいほどの、銀の輪が落ちていた。
 少女の手が、ゆっくりと首筋に伸びる。指に触れる冷たい感触に改めて怯え、床に視線を落とす。
 白い飾り砂は、それよりさらに白い色の灰にまみれている。それを眺めているだけで先ほど見せつけられた光景がまざまざとよみがえって来た。
 誰かがここで,主催者の手で始末されたのだろうか。
 愕然と膝をついたまま延ばした彼女の手が残された首輪に触れ――――。

 二つの影の相対する光景が、意識に直接流れ込んで来る。

 二人のライダーはいずれも青い瞳を薄明かりに輝かせていた。
 黒いスーツの片方は灰色の鎧に包まれ、もう一方には黄色のラインが配されている。
 彼女の知っているアギトやギルスに比べると人工的、むしろ機械的な印象すら受ける。
 それだけに、彼女は恐怖を抱かずにはいられない。
 彼らは互いにつかみ合い、剣を振るい、互いを敵と見なして戦っていた。

          *  *  *

 澤田亜希は携帯電話をポケットにねじ込んだ。
 彼は他の参加者たちとは違い、強制的にこの島に連れて来られたわけではない。抗いがたい誘いを受けて自ら応じたのだ。
 このゲームに勝てば、改めて正式にラッキークローバーの一員として認める。それがスマートブレインの示した条件だった。
 与えられた道具を見るに、多少は優遇してくれようという意思も感じる。少なからず自分の働きに期待している部分もあるのだろう。
 望む所だ。自分がもはや人間ではないことを世界に知らしめ,自分で噛み締めるのに、殺戮以上の方法があるだろうか。
 他の者たちが昏睡状態のまま運ばれている船のデッキで,彼は寂然と鶴を折っていた。湿気を帯びた海風のせいか、紙がしとって折りづらい。それでも折り続けるのはおそらく感傷でしかないだろう。
 幼いころの思い出も、折られた紙に封じて燃やしてしまえば訣別出来るーーーーそう信じるかのように作業を続けることそのものが、ただの子供じみたまじないと言ってもいい。
 少年は折り上がった鶴を指に挟み、マッチを取り出して火をつけた。頭から翼まで赤い色に包まれた紙切れから手を離すと、それは残像を残して海面へと落ちて行った。
 水に落ちる前に燃え尽きたのか、それとも燃え尽きる前に水に落ちたのかは、この暗闇ではわからない。

          *  *  *

 スマートブレインの職員達が参加者を車に乗せて島の各所へと運び去る。誰をどこに置き去りにするかまでは彼にも知らされていなかった。全員が去ってから、ようやく彼も港に降りて歩き出す。
 空を爪で抉ったような三日月はとうに西の水平線に沈み、今は星だけが墨色の空に瑕を残していた。
 車が走り去った道路の一つに歩を進めながら、彼は軽く思いを巡らせる。
 殺すのは誰でもいい。手近な標的から潰して行けばいいのだ。時間を置けば皆仲間を見つけ、守りを固めるようになるだろう。その前に一人ずつ息の根を止め、装備を回収して自分の戦力を強化する必要がある。
 変身アイテム、強力な武器,役に立つ道具……スマートレディの言った『便利グッズ』がおおよそどのようなものであるかも、彼は聞いていた。具体的な名前や効果までは知らないが、集めれば集めるほど有利になるということは既に頭に入っている。
 リゾートと言うだけあって小奇麗だが生活感の薄い町並みに、人の姿はない。本当の戦場ならばいくらも人がいて、何の罪もないのに戦火に巻き込まれて死んで行く。それを鑑みれば、ここを戦場に選んだスマートブレインのやり方はある意味人道的とも言えた。
 オルフェノクが今更人の命を顧みることなど必要ないはずなのに。
 そんな感傷などむしろ捨てたかった。捨ててこそ真の意味でオルフェノクになれる。そう自分を言い聞かせてきたのだ。

 室外機の並ぶ建物の裏を歩きながら、彼は携帯を取り出して時刻を確認した。鮮血の遊戯の始まりを知らせる放送まで、あと十五分以上ある。
 照明に照らされた目の前のアスファルトには、よほど急いでいたのか車が残した黒い轍があった。
 運が良ければ、目覚める前の参加者を見つけ、手っ取り早く始末できるかもしれない。彼は開け放された搬入口から、ショッピングモールの中へと入って行った。

          *   *   *

 恐怖のあまりその場に座り込んでしまった真魚の身体に、何か柔らかいものが触れる。
 悲鳴を上げて振り返ると、せっかく起こしたばかりのベンジャミンの鉢があおりを食らってひっくり返ってしまった。その向うに、置き去りにされたデイパックが目に入る。蓋は開けっ放しで汚れており、中身は半分ほどしか残っていないようだ。
 おそるおそるそれに近づいて、中を覗き込もうとして指が触れた時、再び彼女の脳裏に昏い光景が流れ込んで来る。

 黒いジャケットとコーデュロイのパンツに身を包んだ青年が、ゆったりとギャラリーを闊歩する姿。
 と、顔を上げたその目が何かを見つけ、鋭く光る。
 男の前にたたずむのは、暗灰色の服を纏った少年だった。緩やかな衣服のラインはその体型を覆い隠し、帽子の下に見え隠れする瞳はどこか暗い影を宿している。
 少年は無言のまま、手の中に握った紙に火をつけた。人の姿をした紙切れは濁った炎に黒く縮れてゆく。

          *   *   *

 人気のないショウウインドーを、暗い色の影が悠然と横切ってゆく。服の色とは裏腹に、青年の醸し出す雰囲気は煌々とし、その表情に陰りはない。
 その足音は、まるで己の居場所を知らしめすかのように、吹き抜けの天井に高らかに響いていた。
 それが止まったのは、柱の影から姿を現した少年に気づいたからだ。
「何者だ」
 穏やかだが芯の強さを露にした視線が、もの問うように少年を貫く。
 少年は答える代わりに手を動かし、何かを握った。
 それが折り紙だと解ったのは、少年が点した火が僅かに辺りを照らしたからだった。
 手から離れた火の固まりが床の上に落ちる。
「そうか」
 天道は一言そう呟いて、手を高く空に掲げた。
 彼は天の道を行くもの。その道を阻む者がいれば、退けるのみ。
 太陽を背に負う甲虫が、羽を鳴らして彼の元へと駆けつける。
 その光を汚すかのように、足下の火が消えた。あとには黒いゴミ屑が心細く震えるのみだ。
 広場に据えられた時計は、十一時五十分を示している。

          *   *   *

 真魚は脳裏に映る光景に恐怖を覚えて唇を噛んだ。

 二つの影が互いに向きあっている。
 一つは瞳に太陽を宿した孤高の男。もう一つは憂いに染まった手のうちに黒と黄色の携帯電話を隠した少年。
 互いの死を求めるその手が動き、二つの人影を二つの異形へと変貌させる。

 その場に現れた二人のライダーの名を、彼女はまだ知らない。ただぼんやりと見えるその姿だけが嫌でも恐れをかき立てた。目を閉じたところで意識に直接流れ込んで来るイメージが消えるはずもなく、彼女は顔を両手で覆って震える他ない。

          *   *   *

 かしゃり、と軽く機械的な音が、空調のせいで乾いた空気を脆くも突き崩す。
「変身」
 青年の静かな言葉をベルトが復唱し、しなやかな身体を銀の鎧で包み始めた。
 その様子から目を離さぬまま、澤田はカイザフォンにコードを打ち込んだ。低くコマンドを囁き、ベルトに挿す。
 電子音が、夜の闇に静かに鳴った。
 冥い身を包み込む人工的で冷たい光を、天道は醒めた視線で見つめた。
「たとえ満月であっても、太陽の前ではかすむ。ましてや電球など、俺の前で輝けるはずはない」
「だったら、世界を夜にすればいい」
 澤田は冷たく返した。おそらくそれは、彼自身への言葉だったろう。
 彼は人として陽の光を浴びることを望んではいなかった。むしろ人に取って許されざるもの、死の闇に生きる者となった今、光を捨てなければ苦悩しか残らない。
 本来ならばカイザのベルトすらどうでもよかった。彼がベルトを手にしたのは、ゲームのルールを知っていたからに過ぎない。加えて彼に渡されたこのベルトが、主催者側の思惑をはっきりと語っていたからだ。
 人ならざるものとして、他の参加者を、殺せ――――と。
 光を掲げる青年と闇に沈んだ少年。ともに天を頂かざる者たちの戦いの火蓋は切って落とされた。

 二人のライダーが握る剣は、冷たい光をその刃に乗せて夜にきらめく。と、互いに退いて距離を取るや、得物は銃と化して互いに光弾を放つ。
 アトリウムの磨りガラスに淡く映り込む暖色の非常灯は、戦士たちが点す残虐な輝きの前では子供騙しに過ぎなかった。
 再び駆け寄って剣を振り抜き、一閃を受け止める。その単純な動作が幾度か繰り返されるうち、天道は徐々にカイザを追いつめるようになっていた。
 素質で言えば人の進化系である澤田がそうそう劣るわけもない。だが慣れないカイザのベルトに加え、迫力の点で彼は明らかに圧倒されていた。
 世界のすべてを守り、己の光で照らす。天道の信念は揺るぐことなく、その覚悟は巌より堅い。一方澤田はと言えば、己が人としての生を失った後ろめたさを、八つ当たりのように己の過去にぶつけ、残った感情を卑下しているに過ぎない。
 互いの思いの確かさはあえて比べるべくもない。ゆえにその剣が宿す力にも自ずから差は現れる。
 屈辱だった。カイザフォンへの入力を鮮やかな蹴りで遮られ、体勢を立て直す間もなく刃に追われて澤田は陳列棚の裏に身を隠した。
 ゆっくりとした足取りで近づいて来る天道の踵が、置き去りにされたアタッシュケースを無造作に踏みつぶす。そこに刻まれたスマートブレインの社章は、ただの一歩であっけなくひしゃげた。
「この空の下に太陽が照らさないものはない。俺から逃げられるとは思わないほうがいい」
 嘲る類の浮ついた感情はない。ただ静かに、諭すように。その声すらも相手を怯ませるだけの迫力を持っている。
 圧倒的な格の違いを思い知らされ、澤田のはらわたは怒りに焼け付いた。だがその屈辱を刃に込める暇も与えず、天道の声が響く。
「キャストオフ」
 静かな宣言とともに、銀の鎧が弾け飛ぶ。カイザは陳列棚ともども吹き飛ばされて床に転がった。耳元で陶器の砕ける高らかな音が鳴り、白い欠片が雪のように舞い落ちる。

          *   *   *

 首輪とともに残された光景に、真魚は全身が怖気だつのを感じた。
 それは紛れもなく戦いの記憶であり、誰かの死へのカウントダウンだった。断片的ではあっても、それだけは疑いようがない。
 にらみ合う四つの瞳。日差しに似た色の光を纏ったライダーと、無機質な灰色のシルエット。露な戦意と、それ以上に明らかな結末に怯えながら、彼女はそれを目撃することを強いられた。

          *   *   *

 最後の猶予を告げるように、システムが数え上げる。
「ライダー……キック」
 静かな宣言とともに放たれた回し蹴りは、纏った光とともにカイザを横殴りに吹き飛ばした。たまらず床に打ち付けられた澤田の身体からベルトが外れ、変身が解ける。
「こんな下らないゲームとやらにつきあう義理は、おれにはない。お前もライダーなら、もっとやるべきことがあるだろう」
 ゆっくりと歩み寄る天道に対して身構えた澤田の輪郭が崩れる。その身は瞬き一つのうちに、辺りの薄闇にも似た灰色の異形と化した。
「……なるほど」
 天道がひとりごちる。その姿と振る舞いから、青年の明朗な思考は一つの結論を導き出す。
 すなわち、目の前の存在とは人と共に天を頂くこと能わない、と。
 結論を出した後の行動は素早かった。瞬時に澤田につめより、立ち上がりしなにクナイガンの斬撃を浴びせる。
 それまでの戦いが相手にとってはただの牽制に過ぎなかったことを、澤田は直ちに悟った。烈しい連打に押されながらも、日輪に似た得物を構えて振りかぶる。
 カブトは素早く身を開いて交わすと、すぐに踏み込んで力強い蹴りを叩き込んだ。
 スパイダーオルフェノクは自らの得物を掲げてそれを受け止める。
 再び距離を取った二人がにらみ合う側で、携帯電話が鳴った。
 音こそ違えど、それは真夜中を報せ、姿を変える魔法を解く非情な鐘でもある。カブトの鎧がはぎ取られ、ベルトから弾かれたゼクターが不満を訴えるように天道の回りを舞う。
 さすがに驚いて自分の腕を見つめる青年に、オルフェノクは冷たく言い放った。
「そういう、ルールなんだよ」
 それでも警戒を解かず、ゆっくりと歩み寄る。
 相手に近づき、変身して一気にとどめを刺す。拳を握りしめ、そう念ずる澤田の目の前で――――。
 天道が跳躍した。

 予想だにせぬ動きに身を縮こめた澤田の傍らをすり抜けて、天道が床に身を投じる。その手は、先ほど澤田から外れて弾けとんだカイザのベルトが握られていた。
 瞬時の判断とそれを行動に移す実行力は、さすがと言わざるを得ない。素早くベルトを身に着け、一度見ただけの変身を真似てみせる技もまた、天道がいかに手練かを思い知らせるものだった。
 電子音とともに光のスーツを身にまとった天道は、足を止めた澤田に自分から近寄って剣を突きつけた。
「俺は、全人類の希望をこの背に負っている。おれが求めさえすれば、すべての光は俺の手に宿る。おれが望みさえすれば、運命は絶えずおれに味方する」
 初めての変身でありながら堂々とした威風を漂わせるその言葉には、強い説得力があった。
「太陽の前に、他の光は輝かない。そういったのはあんただろう」
 しかし答える澤田の声には、どこか侮蔑の色がある。
「覚悟を決めたか。殊勝なことだ」
 光なす切っ先を突きつけられたまま、澤田は黙って構え直す。
 嘲笑うように無造作に振り下ろされる剣。澤田はあえてそれを避けもせず、握った凶器を相手の腹に叩き付ける。下から、掬い上げるように。

 引っ掛けられたカイザフォンが外れると、軽薄な音とともにベルトが弾け、天道の身体が吹き飛ばされた。
 床に叩き付けられたものの、天道は動じもせずに立ち上がる。すかさず何かを取り出そうとデイパックを掴むと、触れた場所が黒く汚れた。
 今度こそ驚いて掌を見つめる天道に、スパイダーオルフェノクは乾いた言葉を投げつけた。
「あんただって、死を超えられやしないんだ」
 ゆっくりとカイザのベルトに歩み寄り、手を伸ばして拾い上げる。
 それが友人たちにもたらした悲劇を、彼も聞いている。いや、あれは友人でもなんでもない。出来損ないが死のうがどうしようが、自分が嘆く筋合いはない。
 彼が背を向けたむこう、感触が鈍くなってゆく自分の手を見つめたまま、天道が凍り付いている。澤田はその姿を振り返ろうとはしなかった。
 縁もゆかりもない人間が死んでも胸は痛まない。
 ――――それは、人間だってそうだろう。むしろ、人は愛するものの死を悼むからこそ、それ以外の人間に心を砕くことができないのだ。
 胸に浮かんだ考えに愕然とし、彼は烈しい苛立ちに唇を噛み締めた。
 感情を抱くことを。追憶に身を任せることを。あり得たかも知れない未来に思いを馳せることを。それらすべてを切り捨てようとするような息苦しい冷たさが、彼の影に渦巻いている。
 その影こそが、彼の唯一のよりどころだった。
 自分は成すべきことを知っている。怒りでも愉悦でもない、ただ自らの存在の証を立てるために成すべき行いを。
 それは――――ヒトと言う種を塵に帰すこと。

 灰の小山の中央に残された荷物を開け、中から使えそうな支給品を抜く。手持ちの道具をすべてまとめると、彼は近くのカフェのカウンターに身を潜めた。
 時間制限がある以上、今すぐ次の獲物を狩るのは得策ではない。二時間が過ぎるまで待ち、改めて標的を探せばいい。
 むろん、向うから子羊が迷い込んで来たならばその限りではないが。
 彼は片膝を抱え、静寂の隙間を縫って響く時計の音に耳を傾けた。

          *   *   *

 嗚咽に似た喘ぎが思わず口をついたのは、恐怖と言うより苦痛を感じたからだった。真魚は取り落とした首輪を改めて拾い上げ、強く握りしめた。
 ここで誰かが死んだ。憶測でも妄想でもなく、全身の感覚でそれが事実であることを彼女は理解した。
 心細かった。帰るに帰れない、宛どころか目処もつかない状況に不安だけが募る。
 身を起こす力もなくその場で膝をついたまま呆然とする彼女の耳に、何かを踏みしめる音が響いた。
 顔を上げると、だぶついた服に身を包んだ少年がゆっくりとこちらへ近づいて来るのが見える。
 非常灯の影になった相手の表情ははっきりとは伺い知れない。だが、そのシルエットを彼女は知っていた。
 その身が光を纏って変身するのを、彼女ははっきりと『見た』のだから。

 目の前の少年が光を纏ったライダーに変身し、灰色の戦士に姿を変えた残虐な怪物を灰にした――――戦いの断片しか見ることの出来なかった真魚は、今の状況をそう理解した。
 真実を見抜いていたら、彼女は恐怖に耐えられただろうか。この誤解は不安定な力がもたらした醜くも優しい嘘だった。
 と同時に、少年にとっては屈辱的な信頼でもある。見上げる瞳が宿した信頼を断ち切ってこそ、自分は完全になれる。
 澤田はポケットに手を突っ込むと、そこから折り紙とマッチを取り出した。
 指を弾くようにして火を点し、それを左に握った金魚に移した。
 おもむろに手を離すと、焦げ始めた紙切れがゆるい残像を描きながら灰の上に落ちる。
 真魚は反射的に手を伸ばしてその火を消した。
 その瞬間、脳裏に一つの光景が浮かび上がる。


 二つの人影が、何かに追われて逃げている。先を行くのは黒くだぶついた服を纏った少年だ。
 埠頭の突端、ようやく逃げ仰せた少女が彼に向かって言葉をかける。
 「ありがとう……」と。
 黒い髪が、潮風に吹かれて明るく揺れる。

 真魚は焼けこげた紙を握りしめた。顔を上げ、少年の顔を見つめる。
「澤田くん……?」
 とっさにそう口にしてしまったのは、心に届いた光景の中で少女が彼のことをそう呼んでいたからにすぎない。
 だが、その一言で澤田は完全に彼女を殺す機会を逸した。
 手を伸ばして縊れば簡単に蹴りはつくのだ。別にオルフェノクの超人的な膂力などなくても、少女の息の根を止める事は容易い。それなのに、自分の中の何かがそれを止める。
 決して感情ゆえのことではない。彼は自分にそう言い聞かせた。
 黙って自分を射すくめる視線を、真魚は不満と受け取った。明らかに年上相手にくん付けはいけなかったと感じて言い直す。
「ごめんなさい。澤田さん、ですよね」
「『くん』でいい」
 澤田は柔らかな笑顔を作った。その表情を作るのは容易い。ただ、胃の腑を抉るような苛立ちを感じるだけで。
「それ、あげるよ」
「あ……はい」
 真魚は頷いて、黒く縮れた紙を丁寧にポケットにしまい込んだ。その様子を眺めながら、澤田は心に決める。
 まずはこの少女ではなく、他の参加者を殺す。そして最後に村上の目の前で彼女を殺して見せれば、彼らも理解するだろう。自分が感情などにはとらわれていないと言うことを。
 人間と言う種族に微塵も愛着を残していない、完全なオルフェノクだ、ということを。


ステータス表

【一日目・深夜】【G-5 ショッピングセンター】

【澤田亜希@仮面ライダー555】
【時間軸:34話・真理再生前】
状態:全身に軽微なダメージ
   カイザ、スパイダーオルフェノクに2時間変身不能
装備:カイザギア
道具:基本支給品一式 通話発信可能な携帯電話 不明支給品×4(澤田と天道の二人分・本人確認済み)
   ライダーベルト(カブト)
基本行動方針:参加者を皆殺しにして自分が完全なオルフェノクであることを証明する。
1:風谷真魚を殺すのは最後の仕上げ。先に他の参加者を殺す。
※能力制限等のルールについて、あらかじめ大まかに知らされています。
※第一回放送を聞き損ねたため、禁止エリアを知りません。
※澤田の携帯電話は特別仕様のため、通話の発信機能が生きています。
 現在の所、通話可能な相手は主催者(村上社長・スマートレディ)のみです。

【風谷真魚@仮面ライダーアギト】
【時間軸:31話・サイコキネシス発現後】
状態:健康、精神的ショック。激しく動揺。
装備:なし
道具:基本支給品一式x2(真魚・天道) 不明支給品x2(未確認) 首輪(天道)
基本行動方針:帰りたい。でも、どこに帰ればいい……?
1:澤田についていく。
※サイコメトリーで見えた灰色のモンスターの正体は天道=カブトだと思っています。
※制限もしくは心理的な理由で超能力が不完全にしか発揮できません。
 現状では、サイコメトリーで読めるのは断片的なイメージだけです。

【天道総司@仮面ライダーカブト 死亡】
※天道総司の遺体は灰化しました。

【残り 51名】


000:さくらの花の咲くころに 投下順に読む 002:『Chosen Soldier』
000:さくらの花の咲くころに 時系列順に読む 002:『Chosen Soldier』
澤田亜希 029:駆ける海堂
風谷真魚 029:駆ける海堂
天道総司
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