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何かしらの魔力を帯びた金属なのだろうか、ごつごつとした岩壁の所々から顔を覗かせている、
つややかな銀色の多面体から柔らかな光が放たれていた。
前後左右、さらには天井にまで散在するそれらによって部屋全体が昼間の地上のごとく明るく照らされ、
周囲の壁面とは対照的に規則正しく敷き詰められた黒い石畳もまた、くもり鏡のような鈍い輝きを放ち、
その滑らかさを十分に物語っていた。

そして部屋の中央に立つ、黒いサラサラの長髪に黒とも濃厚な群青とも取れない、
新月の夜の闇のような漆黒の長衣姿のほっそりとした青年――いや、もう少し年かさなのだろうか、
人とは思えないほどに青ざめた肌と幸薄そうな顔の造りが相まって、
一見にはその素性を把握しきれそうもない黒衣の人物が枯れ枝のような指先をすぅっと正面へ伸ばすと、
その延長線上にある、銀色の金属で植物を象った細工が施された黒石の大扉が音も無く開き始めた。

観音開きの大扉の真ん中に縦一文字に走る隙間がゆっくりと広がっていくにつれ、
その向こう側の景色が定かになっていく。
壁や天井はこちらの部屋と同様の岩壁と金属質の発光体、
床はとげとげしさこそ無いものの無愛想な風体の岩肌。

そして大扉の背丈の4分の1ほどの伸長の――とは言え十分に平均的な身長なのだが――鎧姿の女剣士が、
片足を引き半身に剣を構えつつ室内を真っ直ぐに見据えていた。

「貴様が、ザイファーか」

室内の男とは対照的な、肩ほどまでの少しふわっとした金髪の剣士が押し殺したような調子で搾り出した。
鮮やかな濃紺の厚手服の上に青い曲線的な板金鎧を身につけ、その鎧や長剣、
身を隠すというよりも受け流すための小盾に幾重にも刻まれた傷が、
化粧の代わりに顔へと塗りつけられた土よごれや血の跡がここにいたるまでの熾烈さを十分に物語っていた。

「いかにも。よくぞここまでたどり着いたものだ」

幸薄いながらも涼やかな顔の黒衣の男、ザイファーがその外見からはおおよそかけ離れた低く、
それでいてよく通る声で剣士の問いに答えた。

「どうやら、我が元まで参ずる事が出来たのはその方だけのようだな。娘よ。
 それがお前の力によるものなのか、あるいは身を捨ててまでお前を守った――」

ザイファーと剣士の間は大の大人でさえ大股で5~6歩は要する距離、
それを一足で飛び込んで来た剣士がザイファーの言葉を断ち切るかのごとく斬撃を浴びせてきた。
だが、胴を狙ったのであろう低身のけさ切りはわずかに衣の端をかすめるにとどまった。

「相も変わらず聞く耳を持たぬか」
「黙れ魔王! もはや、いかなる懺悔も通じぬと思え!」

先ほどの場所からわずかに横にずれて立ち、小さくため息を漏らす黒衣の魔王へと、
足早に後方に飛びのき間合いを広げた剣士が怒気混じりの声を浴びせる。
石で出来た部屋で2重3重に反響しているせいなのか、20代前半らしき年頃の娘の声とは思えないほどの、
威圧感めいたものがその声から発せられていた。

「娘よ、血気にはやるのも悪くは無い。
 だが、剣を持ちそれを誇りのために振るうのであれば、それなりの礼法もあろう」
「魔性の輩が知った風な口を……よかろう。
 我が名はミクトリア・ラグスコール、豊穣の王キュベリアス・フォン・ジード2世の御剣となり、
 国乱せし奸族に鉄槌下す者なり」

魔王へと突きつけた剣を引き、自身の眼前で刀身を真っ直ぐに天へと向け、
胸の前で両手に柄を握り締めたラグスコールの声が再度部屋に響き渡る。
だが、その響きには先ほどのような怒気も威圧感も無く、誇らしさがありありと表れていた。

「なれば剣士よ、私も剣を持ってして戦おう。
 その力が、誇りがいかほどのものか、我が前に示してみせるがよい」

幸薄げだった魔王の顔にわずかな笑みが浮かび、その眼前の空間が水面のごとくゆらめき始め、
何もないはずの、中空に現れたその水面から黒い棒状のものが音も無く現れた。
そして魔王がそれを手に取り一気に引き抜く。
と、その手には床と同様の、黒く宝石のようにきらきらと光を反射させている、
つややかな石作りの長剣が握り締められていた。

「言われるまでも無い。大地守りし神の名にかけても、貴様を倒す!」
「神の、名に? ふは、ははっ、これはいい……ならば見事この魔王を討ち取ってみせよ!」

                      ■

『我が王国を救う勇者よ、ENTERを押すのだ!』
唐突に画面へと映し出された文字列に、内藤春菜は首を傾げていた。

(掲示板のレスにはアナゴ×マス夫コラ画像って書いてたのになぁ)

その文字列の下にでかでかと表示されている湖畔に西洋風の城が建っている風景画像は、
どっからどう見ても期待していたそれとは大違いのものであった。
さらにその下には、金色の蔦模様で縁取られた、きらびやかなENTERボタン。

(押したらきっとヤバいよね、コレ)

そんな事を思いながらも、指が自然とENTERボタン上にカーソルを運んで行く。
そして、ポンっとクリック一発。

(あ)

春菜自身、今なぜそんな行動を取ってしまったのか理解出来ていなかった。
ENTERボタンを押すまいと思っていたのに、気が付いたら押していたのだ。
催眠術なのか、あるいはそれ以外の何かなのか……
とにかく、得体の知れない謎めいたものの片鱗を、春菜はその現象から感じ取っていた。

しかし、すでに手遅れであった。
すぐ隣に大楽団がやってきたかのようなけたたましいファンファーレと共に、
ノートパソコンの画面が赤く、青く、交互に激しく点滅しだした。
頭がどうにかなってしまいそうな閃光なのに、不思議と目が離せない。
むしろ、意識まで画面の中に吸い込まれてしまいそうな程に、しっかりと捕らえこんでくる。

赤と青の点滅がやがて真っ白な光となり、春菜の視界を純白で覆いつくした。
手からも、足からも、全身から感覚が消え去っていく。
どこまでも真っ白で、ファンファーレのみが聞こえてくる空間の中、
春菜は肉体を失い自身の意識のみが存在しているような、不思議な感覚を体感していた。

                      ■

最後の山場を目指し盛り上がっていくファンファーレに反比例するかのように輝かしい閃光が薄らぎ、
身体にも感覚が戻り始めてきた。
だんだんと、うっすらとした白い霞の向こう側が見えだした――が、どうも様子がおかしい。

春菜は自室でちゃぶ台に乗せたノートパソコンに向かっていた……はずなのに、
ちゃぶ台もノートパソコンもきれいさっぱり消えうせてしまっていたのだ。
そして代わりに、真っ直ぐ前方へと伸びて行く真っ赤な絨毯が、
白いフィルター越しに視界へと飛び込んできた。

さらに視界が開け、トランペットやホルンの音色の重なりが濃度を増して行く。
赤絨毯の先が、1つ、2つ、3つ……5段ほどの階段状に、ひときわ高くなっているのが見て取れた。
その左右にはいかにも中世の宮殿風といった感じの、白く丸い細やかな細工の施された石柱。

金管楽器が単調なモチーフを何度も何度も繰り返しながらどんどん音を強めていき、
すべての音が最大限に鳴り響いたかと思ったら、スパっとひとまとめに演奏が終えられ、
淡い残響音のみが遠ざかっていくようにして残された。
そしていよいよ、段上や左右に並んでいた人影らしきものの正体もしっかりと見て取れるようになった。

左右には一仕事を終え楽器を胸の前まで下ろして、だが姿勢は崩さず背筋に一本スジが通った調子の、
上等そうな金糸飾りの入った赤い上着に黒ズボンの楽団達が、それぞれ2列ずつになり並んでいた。
正面の段の手前右手には、ビシッとした白シャツに青ジャケット姿の口髭も眉毛も真っ白の、
ツルっとハゲ頭でガタイのいい長身の老人。
段を挟んで反対方向には、繊細そうな感じの、何本かの弦を張られた小ぶりな琵琶のような楽器を持った
銀色の長髪の青年。

「おお、おお……」

そして段の最上段に置かれた金ピカでやたらに背もたれが高い椅子に
みっちりとはまり込んだように座っていた、ゴテゴテと悪趣味なまでに宝石がちりばめられた冠や首飾り、
全く似合っていないレースがふんだんに縫い付けられたベストに紺色のかぼちゃブルマーみたいなズボン、
図太いふくらはぎを一層膨張させて見せる白ソックスに、
実用性皆無かつ明らかに肉がめり込んでいる金で出来たほっそりとした靴などという、
悪趣味の塊めいた中年男が声を震わせながら春菜の方へと身を乗り出していた。

「よもや、本当に現れようとは! 勇者……勇者……あーセバスチャン、もそっとちこう寄れ」
「御意」

それまでの芝居がかった調子の声とはうってかわった、何とも気だるそうな呼びかけに、
長身の老人――セバスチャンが段上の声の主へと向き直り、
一礼の後におずおずと段を上ってその傍らへと参じ、片膝でひざまずき再びその禿頭を垂れて見せた。

そして春菜の方を指差しながら吐き出される主の言葉に2度、3度うなずいて立ち上がったかと思ったら、
今度は足早に、赤絨毯の上にぺたりと正座を崩したような格好で呆けていた春菜目がけて、
一直線にきびきびと向かってきた。

「天と地の狭間より参られし勇者よ、名は何と申す」
「え、えっと、内藤春菜……です」
「あいわかった」

未だ状況を把握しきれぬながらも、何となく厳粛めいた場の雰囲気に、
思わず正座できっちりと座りなおして頭上からのその問いに答えた。
十分な解等を得られたセバスチャンが軽くうなずき、きびすを返し再度主の下へと向かう。
だが、春菜の方は依然何も分からぬままであった。

(勇者? ってかここどこ? 王の……間? いやそれ以前に勇者とか言う位なら頭下げろよ、もう)

相変わらず色々と腑に落ちないままの春菜を尻目に、段上の2人がまたもコソコソ話を始め、
セバスチャンが段の下へと控えるのも待ちきれぬまま、王様らしき脂ぎった男がのっそりと立ち上がり、
芝居がかったそぶりで声高に言葉を繰り出し始めた。

「よくぞ参られた、勇者ナイトハルナよ! そなたこそ、伝説に語られし偉大なる英雄、地平の騎士!」

さてどこからツッこんだものか――と、やるせない気持ちになっている当の勇者、
『地平の騎士春菜』を放置したまま、今度は段の下ですっかり存在感が消滅していた長髪の青年が、
小型琵琶もどきをポロリンポロリンと静かに奏でながら流れるような調子で言葉を紡ぎ出し始めた。

「そう、古より伝わる神を称えし詩にある勇者。
 かの地の平穏麻のごとく乱れ、万象の理失われし時、紺の衣纏いし乙女、天と地の狭間より降り立たん」

(あの~、これジャージなんですけど)

西洋風の造りの王の間に儚げな弦の音色と透き通りつつも芯の通った詩人の声とが響く中、
紺色ジャージにうさちゃんスリッパ姿のボサボサ頭女子高生が絨毯の上で正座して、
それをなんとも言えない面持ちで拝聴していると言うのはかなり異様な光景であったし、
春菜自身も居心地の悪さのようなものを感じていた。

だが、今だ正体の分からぬ彼らはその状況を何ら気にする風でもなく、
RPGのイベントシーンよろしく、マイペースにご説明を続けて行く。

「その者の名、地平の騎士。真なる理と安息をもたらす者。
 汝らよ乙女を畏れ奉れ、汝らよ剣と盾を乙女に捧げよ。ゆめゆめ手向かう事なかれ。
 さすればか弱き汝らは、安息が約束されし理の地平へと導かれ、神の名の元に救われるであろう。
 ゆめゆめ手向かう事なかれ。汝らが、憤怒と傲慢、強欲の炎を恐れるならば」

(OKOK、つまり私が『地平の騎士』で平和をもたらす勇者って設定なワケね)

そこまで語り終えた所で詩人の声が止み、それに次いで竪琴の音色が止まり、
そして待ってましたと言わんがばかりに段上の王様が立ち上がった。

「偉大なる勇者、地平の騎士よ。今、わが国は未曾有の危機に瀕している。
 恐ろしき悪の魔王ザイファー、奴がわが国を守る至宝を狙っているのだ」
「はぁ、それは大変ですね」
「神の加護をもたらすアミュレット、奴はこれを奪い邪神を蘇らせるつもりなのだっ!」

春菜のつぶやきが聞こえているのかいないのか、段上で顔を真っ赤にし熱弁を振るう王様。
普通に立って声を張り上げているだけだと言うのに、握りこぶしには無駄に力が入り、
真っ赤になった顔には汗が滲み、見ていてなんとも暑苦しい事この上無い。

「地平の騎士よ! どうか、我らを救ってくれ!」