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――こいつが、シンラを滅ぼしたガルーダの片割れか。

超長身銃『カルバリン』の照準器を通して、マダラ特佐の機械仕掛けの右目に
蝶のごとき羽を背負った青年の姿が映し出された。
熱感知視覚も光学視覚も、その羽を除けば何ら変わった所も無い、
ごくごくありふれた普通の青年としてその姿を捉えていた。
もっとも、機甲の類を用いる事無くこうやって宙に浮いているのだから、
『普通の青年』などでは無いと言う事はまさに火を見るより明らかであった。

その青年をしっかりと捉えている銃砲が引き金からキリキリと鳴き声を発し、
乾いた破裂音を初夏の爽やかな海上に2度、3度と響かせた。
破裂音と共に吐き出された弾丸の1つひとつの大きさは親指の先ほどだろうか、
マダラの左手に握られた2連式の大銃から放たれた無数のつぶてが、
幕のように散乱しつつ青年に覆いかぶさっていく。

だが、彼はそれに怯む様子も見せず――と言うよりマダラの異形を見て、
出会い頭に怯んだまま現在に至っているのだが――鉛弾のシャワーを
まったくの無傷でやりすごしてしまった。
避けるわけでもなく、身を守る仕草も見せず、
正面からそれらを受け止めて、である。

――チィッ、弾が小さすぎたか?

目の前で起きた、ある程度想定済みだった事態に頭の中で舌打ちをしつつも、
マダラは手早に次の策を進めていた。

先ほど発射した榴弾の収められたパックでは無く今度は別のパックの口を開き、
銃身を振り下ろしてロック解除し薬莢排出、腰のパックから弾込め、跳ね上げて再度ロック
という流れを瞬きする間にも満たない間で済ませ、再度ガルーダへと狙いを定めた。

照準器を通して、今度はさっきとはうって変わった強い眼光が
マダラの視覚レンズへと突き刺さってくる。
しかしそれを無視するかのように再度破裂音が空に鳴り響いた。

今回打ち出された2発のそれは、目を凝らすまでも無くしっかりと見て取る事が出来た。
大人のこぶしほどはあろうかと言う鉛の弾丸が、2つの銃口から煙を引きずりつつ、
真っ直ぐにガルーダ目がけて飛んでいく。

そして銃のレベルを大きく越える射撃時の反動を輝羽の羽ばたきと右の大機甲腕の振りで
殺しつつ、ズームモードになった右目でその予想着弾点を睨みつけるマダラ。

――アレがガルーダの力って訳か……

今回の攻撃も青年に傷を負わせる事が出来なかったが、その原因が何だったのか、
それを確かめる事が出来ただけまだマシであったようだ。

――まさかあの質量、速度の鉛を変性させちまうとはなぁ。

予想はしていたものの、藁にもすがる思いで抱いていた期待を見事に潰されてしまった
マダラであったが、それでもさらなる攻撃を加えるべく左手が無意識の内に弾を込める。
そして無駄を承知しつつも、再び銃口がガルーダの姿をぶれる事なく捕らえていた。

                    ■

「ただの弾丸、だと?」

そのある意味意外な攻撃に、アゲハは少しばかり戸惑いを覚えていた。
他の――例えばここに来るまでに撃墜してきた戦闘機やそれどころか生身の兵士でさえも、
聖霊力を源とした元素分解弾や聖霊力対消滅弾といった攻撃を浴びせてきたのに、
先の少年指揮官同様に大型の輝羽を背負った、つまりはそれなりの階級に位置するのであろう
この異形の男がガルーダの聖霊力を知らないと言うのはあまりにちぐはぐだからだ。

確かに鉛は卑金属の中でもことさらに聖霊力の影響を受けにくい物質ではある。
だがガルーダの膨大な聖霊力の前では、他の物質存在同様に無力だ。
なのに鉛弾と言うのは……

(鉄砲マニアとかなんじゃない? あの銃も何かすっごい古そうな感じだし)

そしていつも通りに、頭の中に響く聖霊の声がアゲハの思考を遮ってきた。

「いくらマニアでも、戦場に効くかどうか分からない武器を持ってきたりはしないだろ」
(マニアを甘く見たらダメよ、アゲハ君。彼らは色々スゴいんだから)
「何なんだよスゴいって……それ以前にマニアの知り合いでもいるのか? お前」
(いるわけ無いでしょ。でも知らないけど絶対そうだって!)
「知らないのに言い切るな……うぉっ、危ないっ!」

交戦中だと言うのに相変わらず緊張感のかけらもない(逆に言えば大した脅威も
迫ってないという事なのだろうが)聖霊の言葉に気を取られている間に、
眼下の半ば大破した軍艦が、最後の力を振り絞っているのであろう一斉放火を
繰り出して来ていた。

(ほら避けて避けて)
「言われなくても、よっ、ほっ、はっ、避けるに決まってるだろ!」

まるで地上から降り注ぐ雨のごとく、聖霊力から生み出された無数の光弾が
下方から滅多やたらに打ち上げられてくる。
とにかくまぐれでもいいから当ててやろうという腹づもりの弾幕なのだろうが、
結局は対兵器用のその攻撃は、アゲハという人間ひとりを攻撃するには
あまりにも大雑把にすぎた。

当てるどころかかすめる事すら叶わず、逆にアゲハの指先から発せられる碧色の閃光によって
1つ、またひとつと生き残りの砲台にとどめが刺されて行く。

(あー美味しぃ、吸っても吸ってもどんどん噴き出して来る~♪)
「まるで聖霊力の噴水だな。
 それにしても、これほどの容量を許容出来る聖霊機関を作り出せるとは」

威風堂々たる様を誇っていた軍艦も、もはやその牙たる砲塔をことごとく破壊され、
その痕跡からは光弾へと変換されず行き場を失った聖霊力がとめどなく漏れ出していた。
そしてそれを生み出しているのであろう聖霊機関とその動力源たる聖霊石の規模は、
聖霊の力を借りるまでも無くアゲハ自身の感応力で十分に読み取る事が出来る程のものであった。

「ウツロブネを守っていた飛行機甲艇も確かこれぐらいの出力の……
 ソーマめ、すでにシンラの域にまで達していると言うのか」
「ウェーッハッハッハー! シンラのガルーダ、これを見ろぉっ!」
「ぬぅっ!?」

今度は男の野太い笑い声がアゲハの思考を妨げてきた。
さっきから幾度と無く鉛弾を雨アラレと降り注がせていたその声の主へと視線をやると、
いよいよ普通の銃では無駄と悟ったのか、自身の身長の10倍はあろうかという巨大な機械仕掛けの
右腕で、その腕を持ってしてもなお大振りと言えるバケモノじみた大銃砲をこちらへと向けて
悠々と構えたまま、空中で仁王立ちに睨みつけて来ていた。

(人間でも打ち出すのかしら、アレ)
「いくら貴様と言えども、この発掘銃『ライコウ』にはかなうまい! さあ、勝負だ!」
「……よし、望むところだ!」
(いや、断りなさいよそこは)

色々と呆れかえっている聖霊とは裏腹に、夏のうず高い白雲の下で、
横殴りの日差しに照らされながらかすかな笑みを浮かべる2人の男の姿があった。

宙空で腕を組んだまま、背筋からつま先までスラッと一本線を通した格好で
真っ向から招かざる客人を見据えるアゲハ。
輝羽を広げ光の翼を激しく波立たせながら、足を大きく開き半身に構え
右腕と銃を未知なる強敵に突き付けるソーマの将校。

その人間まるまる1人分はあろうかという大きさの機甲指が引き金を絞り込んだのと、
アゲハが背中に冷たい何かが走るのを感じて右半身に体を開いたのとはほぼ同時の事であった。

ほんの一瞬。
右足を軸に体をよじり、背を仰け反らせたアゲハの目の前を、
ほんの一瞬だけ真っ白な閃光が駆け抜けていった。
そして、一呼吸遅れて焦げた脂の焼けたような臭いが流れ込んで来た。

左手の肘から先と左足の脛の中ほどから先。
アゲハの体からこの2箇所が消失し、残された断面が焼け焦げて煙を伴った臭いを
鼻腔へと届けていたのである。

――う、う、腕が!? あ、足も! 無いっ!!
(だから言ったのに……待ってて、すぐ復元させるから)

額に脂汗を浮かべ、顔から色味を失い宙に浮いたまま震えうずくまるその姿からは、
先ほどまでの余裕も冷静さも完全に消え去っていた。

「はっ……ハハーッハッハッハァーッ! どうだ、シンラのガルーダ!
 いかに貴様とて、この光の弾丸は防げまい!」
「光……光で焼き切ったと言うのか……? だとすれば熱……いや熱は二次的な……」
(アゲハ君、いい? 焼けた断面元に戻すわよ。少し痛いかもしれないけど我慢してね)
「え、あ、ああ、あ、ぐぅぅぉっ!!」

手と足、それぞれの炭化した断面が碧色の光に包まれ本来の肉の色に戻ったかと思ったら、
今まで出口を塞がれていた血液がまるで赤い水鉄砲のごとく勢いよく噴出し始めた。
さっきまでとは異なる、焼けるような傷の痛みに思わずくぐもった獣の呻きのような声が
漏れ出てしまう。

再び碧色の光が、今度は失われた手足の部分をかたどるようにして血の噴水の先に現れた。
そしてそれがそのまま、手足の形を保ったまま付け根の方からすぅっと肌色に変化していき、
それぞれの先端部まで肌色に変化した時には血の流出も、傷の痛みも完全に治まっていた。

(とりあえず体だけ復元させたから。服はまた後で)
「ああ。それにしても光の弾丸とはな……」
(いくら聖霊でもあの光はどうにも出来ないわよ。
 物質じゃ無いし、聖霊力から生成されたものでも無いし)
「となると、彼自身を落とすかあの銃を破壊するかだな。避け続けるには危険すぎる」

手足を取り戻し、額に汗を滲ませながらも落ち着きを取り戻したアゲハだったが、
再び交戦中の相手へと顔を向けた瞬間、背筋がまたしてもざわついた。
輝羽を大きく広げ、今まさに狙いを定め終え、グラ付いていた銃口をしっかりと
固定させた所であったのだ。

「かくせ――」
(分かってる!)

アゲハが意識するのと同時に、交戦中の空域全体が円形の魔方陣内へと封じられた。
そして聖霊の姿へと変化したアゲハが回避動作を取るのと引き金が絞られるのとは
またしても同時の事であった。
だが今回は覚聖死界を展開出来た分、アゲハの方に分があった。
引き金を絞りきるまでのかすかな時間、それが覚聖により引き伸ばされ、
今度こそ完全にその光撃を避けきる事が出来たのだ。

「最初っからこうしてればよかったのよ、まったく」
(いや、そうなんだけど、やっぱりああ言われたらなぁ……)

時間が大幅に減速された死界内にあっても、その光の弾丸は相変わらず一瞬にして銃口の延長線上を
焼き払う、まさにひとすじの光線と言うがふさわしい瞬撃であった。

「ほら、覚聖してても一瞬で向こうの山まで届くような攻撃なんだから。
 正々堂々もいいけど聖霊機関を消すって目的があるんだから、あまり無茶しないの」
(はい、ゴメンナサイ)

長いふわっとした髪をなびかせながら大きくソーマの男の側面に回りこむように飛びつつ、
やんちゃな弟を諭すかのように説教する聖霊と全面降伏するその宿主。

「それにしても、どうや……」
(ん、どうした?)

いつものように唇を指先でノックしつつ、この強敵をどう始末したものかと考えを
巡らせようとしていた聖霊であったが、男の様子を見ている内にその思考も、
指の動きも止まってしまっていた。

男の動きはたしかにいつも通りの、覚聖死界内のスローモーションな動きであった。
しかし、その動きの内容が今までに遭遇してきたそれらとは大きく異なるものだったのだ。

例の光線を避けるために大きく回りこむようにして、死界の力で彼の何倍もの速さで
動いたのにも関わらず、その視線が、銃口が、ゆっくりとではあるが確実に、聖霊を捕らえるべく
『こちらの方』に向かって動いているのだ。

(まさか……見えてると言うのか!?)

その可能性が頭によぎった瞬間、聖霊が先手を放っていた。
アゲハの時とは異なるシャープなラインの羽の先端に現れた4つの光球から、
碧色の刺突剣が男目がけて一直線に伸びていき、前方へと突き出された聖霊の両手のひらからも
渦巻く碧色の奔流が全てを飲み込まんかという勢いで放出されていた。

(待て、殺すつもりか!)
「甘い事言ってる場合じゃ無いわよ。
 聖霊力でも物質でも無いあいつの攻撃は無力化出来ないし、死界内でもその速さは衰えない。
 しかも常人じゃ捕らえきれるはずのない私達の動きが見えている。
 ……油断してたら、殺られる事だって十分に考えられる相手なのよ」

聖霊の言葉を裏付けるかのように、男の機械仕掛けの右目が、光を放つ発掘銃『ライコウ』が
すでにこちらへとその狙いを定めていた。
が、聖霊の放った碧色のレイピアの束もまたすでに男を刺し貫く寸前であった。

ほんの一瞬。
銃の引き金がほんの一瞬キリキリと鳴き声を発したのと同時に銃口内目がけて
レイピアのうちの1本が突き立てられ、そして2本目が巨大な機甲腕を、
3本目、4本目が生身の左半身を次々に刺し貫いていく。

男には確かにその状況が見えていたらしく、攻撃を避けるために身をよじらせていたのだが
これがいけなかった。
体を刺し貫いたままのレイピアが肉を引き裂き、機甲腕を両断し、背面に背負った輝羽さえも切り刻み、
超密度の聖霊力レイピアの前にすでに無力であった、体表を覆っていた聖霊力の膜も消え去ろうとしていた。

「聖霊力もったいないし、もう戻るわね」
(ああ……)

聖霊の胸元に輝く宝石が閃光を放ちアゲハの姿に戻るのと同時に、
野太い悲鳴がその耳へと飛び込んで来た。

「ぐあぁぁぁぁあっ!! イッてぇよぉおぉぉぉぉっ!!」

すでに機械仕掛けの右半身は爆炎を噴き出し、生身の左腕は切り離されながら
断面から元素崩壊を開始していた。
そこに追い討ちをかけるかのように聖霊力の渦が男の体を飲み込んでいく。

見えていたがためにその渦から逃れてしまった頭と胸のわずか一部分のみを残し、
碧色の螺旋光が男の背面に背負われていた聖霊機関――輝羽を肉体もろともに飲み込んで
瞬時にそれらを元素レベルにまで分解してしまった。

(軍服に身を包んで出陣して来た以上、戦死したとしても文句は言えないんだから。
 それに私達はこんな所じゃ死ねないの、死んじゃいけないの。
 シンラが滅びた以上、この世界で聖霊機関と戦えるのはもう私達ガルーダしかいないのよ。)
「分かっている」

先ほどまで眼前を舞っていた男の姿はすでに無く、錆臭い血の臭いと断末魔の叫びの余韻だけが
アゲハに刻み付けられていた。

(ほら、次来たわよ。私達がやらなきゃ、町の人たちが犠牲に――)
「分かっている!」

聖霊の言葉を断ち切るかのように、先ほどの押し殺したような声とはうってかわった
半ば悲鳴のような怒号を吐き捨てつつ、すでにアゲハは視線の先を目指して飛んでいた。

主力戦艦も、指揮官らしき大型銃の男も打ち倒し、残るは小型の聖霊機関をいくつも乗せているらしき
輸送艦が一隻のみ。
そろそろ濃紺色の幕が下がり、薄紅色とで混ざり溶け合う空に細やかな碧色の燐粉を舞い散らせつつ
飛翔するガルーダの全身を覆うかのように、過剰に放出されている聖霊力が球状の力場を作り出している。

「どっけぇぇぇぇぇいっ!!」

そして怒号を放つと同時にそれ自体が巨大な光の弾丸となり、目指す先へと一直線に撃ち出され、
行く手を阻む小型艇を次々に飲み込みながら標的を求めて突き進み、
いよいよ目的であった大型輸送艇さえも碧の光の中に飲み込んでしまった。