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「いや、救ってくれって言われましても、私、ただの女子高生ですし」

どんどんとテンションを高めていく段上の王様とは裏腹に、
ちょこんと正座したまま萎縮し、だんだんとうつむき姿勢になりつつも、
上目づかいに前方を伺う春菜の口からもにょもにょっと言葉が吐き出された。
だが当然の事ながら、ほとんど独り言同然のそれが段上まで届くはずも無く。

「案ずる事は無いぞ地平の騎士、魔王めの隠れ家はすでに突き止めておる!
 えーと、あ、んー……何と言ったか、あの敗残兵の小娘は」
「ラグスコールに御座いますか」
「ああ、そうだ! ラグスコール! 奴を呼んで参れ!」

春菜を放置したまま、王様とセバスチャンとで勝手に話が進められていく。
そして王からの命を受けたセバスチャンが足早に、春菜の横を素通りして
玉座の向かいにあるらしき出入り口から出て行き、
いよいよ春菜と王様のマンツーマンで言葉を交える格好となった。

「実は先頃、奴の住み家に総攻撃をかけたのだがなぁ……イテッ」
「はぁ」
「誰一人としてろくに奴に手傷を負わすことも出来ず、揃いも揃って逃げ帰ってきおったわ」
「はぁ」
「所詮農民上がりの烏合の衆ではな、あてにするのもバカバカしいわい」
「さよで」

もっとも、かたや椅子にふんぞり返り鼻毛を抜きつつ前も見ず、
かたや正座からぺたんこ座りに姿勢を崩して首を揺らしながらボソボソ言ってるだけという有様で、
文化の違い云々だけでは説明しようが無い、どうしようも無いまでのコミュニケーションの断絶が
2人の間に生じていた。

「まったく、よくもまぁおめおめと……フンッ! 下賎の輩は恥というものを弁えぬから始末に負えん」

――アンタも十分恥知らずだろ、オッサン。
こちらの声が向こうに届いていないとは言え、さすがにこれは春菜の胸の内のみに押し留められた。

最初は王の間のいかめしい雰囲気や威圧的な段上からの視線にガチガチに固まっていたものの、
この王様らしきデブ親父の今の姿がバイト先の飲み屋で偉そうに政治やスポーツ選手を批判している
酔っぱらいのくたびれたオヤジどもと大差無く思え、
畏れ敬うのもすっかりバカバカしくなってしまっていた。

「ミクトリア・ラグスコール、参上いたしました!」
「ふぃっ!?」

だが背後から唐突にピシッと引き締まった、力のこもった声が響き、
それにつられて春菜の背筋も再びピンと伸び、ぐんにゃりペタンコ座りからキッチリ正座体勢へと
跳ね上がるようにして戻った。

「おお、待っておったぞ。さあ、近う寄るがよい」
「はっ、失礼致します」

ずっと王様のダミ声漬けだった春菜に、その芯が通りつつ爽やかな声は緊張感をもたらしつつも
ある種のすがすがしさを与えてくれていた。
後ろから、金属音がカチャリ、カリャリと一定のリズムで近づいてくる。

――女騎士、なのかな。

声とそのキビキビした歩調を知らせる金音とが春菜の脳裏に自然とイメージを作り上げていた。
スラッとしていて、目元がキリッとしていて、丁度昨日のドラマに出ていた女課長役の
タカラヅカ男役出身女優に板金鎧を着せたような姿。
やがて春菜の左隣で金音が止まり、目の端に自然と金属製の青いすね当てが飛び込んできた。
おそるおそる、そのすね当てから上の方へと出来るだけ首を動かさないようにしながら視線を滑らせていく。

だぼっとした、袖口を皮ひもで絞り込まれた厚手の服の上に纏われた青い板金鎧は、
綺麗に表面を磨かれてはいるものの、所々へこんだり錆が浮いたりしており、
それだけでも十分に彼女が戦士である事をうかがい知る事が出来た。
そして何よりも手。ここで春菜の想像が一気に覆された。
色白で滑らかそうでありながら、指の一本一本が春菜が今まで見てきた女性のそれとは違う、
がっしりとした、皮膚の下の筋肉が存在を主張しているまさに百戦錬磨を感じさせるものであった。

そうして板金に包まれた腕、肩と来て再び肌をあらわにしている顔へとたどり着いた時、
もう一度春菜の想像が覆された。

――うほ、いい女……。

あの手とは対照的なスラッとしたアゴ、スマートかつ程よい高さの鼻、うっすらとした唇。
そして何より触ってみたいと思わせる、滑らかでふわっとした金髪。
歳はおそらく春菜とは一回りも違わないのだろうが、遥かに頼もしげかつ、
カッコイイ女の姿がそこにあった。

――ヤバッ、目ぇ合った!

そして、カッコイイ女の視線はとっても冷たかった。ズシャッと突き刺さりそうなほどに。
これ以上視線を向ける事すら拒絶するような、青く鋭い眼光を突き立てられ思わず
春菜は目を伏せ体をこわばらせてしまった。

――な、なんか私ヘンな事したかな? なんか、もしかして、怒ってる?

正座でガチガチに固まっている春菜の横で片膝立ちになり、主へと頭を垂れるお隣さんが
今さっき頭上から浴びせてきた視線は、あれやこれやと不安を掻きたてるさせるほどに
鋭く、冷たく、むしろ敵意さえ感じられるものであった。
しかしながら、全く持って初対面の春菜に嫌われたり憎まれたりする心当たりがあるはずも無く、
あれこれ考えた結果『生まれつきそういう目つきなんでしょう』と言う事で納得しておく事となった。

「武勲騎士ミクトリア・ラグスコールよ、王の御前である。
 黒き神と神君大キュベリアスの名の下に、真実のみを述べる事を誓うがよい」
「御意。これより我が唇を離れ形成す言葉に一切の偽り無き事を、
 黒き神と、神君キュベリアス・フォン・ジード1世の名において誓います」

女騎士ラグスコールの登場により引き締まった空気が、いつの間にやら王の傍らへと戻ってきていた
セバスチャンとの儀式めいたやりとりによりさらに緊張を増し、この石造りの室内の温度すらも
先刻までとはうって変わり少しばかり肌寒いものとして春菜をこわばらせていた。

「あー、ではラグスコールよ、地平の騎士殿に先だっての魔王との戦いの様子を話してやってくれ」
「御意。今より遡ること3ヶ月、サー・リベリオン総指揮の下、サー・ガルカタ、サー・トリガン、
 そして私が各々に15名の勅集兵団を率い、総勢49名にてカルバラン山脈のふもとに口開けたる
 魔王の洞門へと奇襲を仕掛けたのです」
「はぁ」

例によって春奈の口から気の抜けた返事が漏れ出てしまったが、
さすがに今回はご説明くださっている隣人に聞こえてしまったらしく、
ほんの一呼吸ほどの間ではあるが、気まずげな沈黙が、
首だけを横に向け視線を交える2人の間で生じてしまった。

「……洞門内には魔王により生み出されたらしき異形の魔物どもがはびこり、
 構造は単純なれど歩を進めるもままならず、魔王の間と思しき黒曜石造りの広間までたどり着けたのは
 私1人だけでした」
「えと、それは、大変でしたね」

今度は何とか頭を巡らせ、春菜なりに気を使い言葉を返してみたのだが、
返ってきたのは微かに冷ややかな視線をそらしながらのため息であった。

「そして魔王ザイファーと剣を交えたのだが、我が剣にてその体を刺し貫いたにも関わらず
 血の一滴も流れ出ず、逆に奴の黒石の剣でこの両腕を切り落とされ、
 地に伏せる私をまるで哀れむかのような目で見下ろし……奴との戦いで記憶しているのはここまでだ」
「え、両手を? でもちゃんと両手もあるし、それにどうやって帰って……」
「分からぬ。気が付いた時には私も、道中で力尽きたはずの仲間達も街の側で倒れていたのだ。
 誰一人欠くこと無く、傷の1つも残らぬ姿で」

再び深く、それでいて何ともわざとらしいため息が聞こえてきた。
だがそれは不思議そうに両手を見つめる隣の女騎士からではなく、
前方の段上から降り注いでくるものであった。

「さて、地平の騎士よ」
「はい」
「その者と連れ立って魔王ザイファーを討ち取り、証たる首をワシの下へと持ってくるのだ」
「分かりました」

――アンタが自分で行って来いよ、クソデブ。

相変わらず段上にふんぞり返り威圧的するような語調で命令を下してきた王であったが、
すでに春菜の胸中には彼を畏怖する気持ちなど微塵も残っていなかった。
出来る事なら今すぐに段上に登って行って、
うさちゃんスリッパで顔面をひっぱたいてやりたいぐらいであったが、
さすがに彼女もそれをしでかす程の道理知らずでは無かった。

「うむ。ではセバスチャンよ、地平の騎士殿を尖塔の間へと案内せい。
 あーラグスコール、そなたももう下がってよいぞ。」


                        ■


タッタッタと赤絨毯を打ち鳴らす2対の革靴に付き従い、ピンク色のうさちゃんスリッパがぽふぽふと
鳴き声をあげながら薄暗い廊下をせわしなく跳ねて行く。

「この城とバラムの城下街は聖なるアミュレットの力で守られているので良いのですが、
 街道や近隣の農村、田畑の受ける被害が深刻でしてな。
 他国に作物を売る事も出来ず、金属や塩、香辛料を買う事も出来ずで、
 このような状況があと1年も続けば、我がジード王国もどうなるか分からぬ状況なのです」
「大臣殿、城内の食料備蓄は……」
「デイム・ミクトリア、差し出がましいぞ」
「は、承知」

春菜の部屋となるらしき尖塔の間に向かう道すがら、大臣セバスチャンと女騎士ラグスコールから
状況を説明されつつ――ラグスコールは説明と言うよりも大臣に意見する格好になっているが――
3人は一定間隔に燭台の並ぶ赤絨毯の敷かれた大理石の通路を進んでいた。

「ところで大臣さん、一体どうやって私を召喚したの?」
「門外漢ゆえ詳しいことは分かりませぬが、高位の術士が先日より儀式を執り行っていたので、
 おそらくはその力によるものでしょう」
「このような者の力を借りなくとも、黄金騎士団を持ってして攻め入れば……」
「くどいぞデイム・ミクトリア。
 指揮権限を剥奪された以上、ナイトオブアイアンソードの称号を持っているとは言え
 あくまでも今のお前は腕の立つ一兵卒に過ぎぬ――立場を弁えたまえ」

「あ、えっと、ナイトオブアイアンソードってのはどういう称号なんですか?」
「わが国の武勲騎士称号の1つで、年に1度開かれる御前試合の優勝者に送られる称号にございます。
 デイム・ハルナ。
 最初はブロンズより始まり、2度目の優勝でアイアン、次いでスティール、シルバー、ゴールドと
 位が上がっていくのです」
「それじゃラグスコールさんてすごい強いんじゃ無いですか!?
 魔王の所まで行けたのもラグスコールさんだけだし」
「うむ、剣の腕は確かですな。一対一の試合となれば、黄金騎士団長殿をも凌ぐほどですし。
 もっとも、いかに試合で武勲を立てようとも、それが実戦に生かせぬのでは意味がありませぬがな」

大臣の叱責で、後ろから見ていても分かるほどにラグスコールがヘコんでいるのを見かねて
フォローすべく頑張っていた春菜であったが、結局大臣の言葉がとどめになってしまい、
完全にどんよりモードになってしまっていた。

――空気読めよぉ、爺さん。

春菜の奮戦空しくどんより化した雰囲気の中、いよいよ誰も言葉を発せぬまま廊下を進み、
螺旋階段を登り、金具で補強を施された頑丈そうな扉の前へと到着してしまった。

「デイム・ハルナ、こちらがお使いいただく部屋になっております」

大臣の手により大振りの錠前が外され、兆番が軽いきしみを立てながら扉が開き、
だんだんと室内の様子があらわになっていく。

部屋の床一面には赤絨毯がしかれており、入り口から見て右手には頑丈そうな木製のベッドの上に
ふんわりとした綿布団。
その向かいには素朴な感じだが、よく見ると細やかな彫り細工が施されている、
春菜がすっぽり入れそうな大きさのクローゼット。

そして入り口の真向かいには赤いカーテンで飾られた白木拵えの窓。
その向こうには青空が広がっていた。

「それでは後ほど、お召し物を用立てるため採寸致しますので、
 それまでどうぞごゆるりとくつろぎください」
「あ、はい、どうも」

入り口を前にして互いに頭を下げあう春菜と大臣であったが、
もう1人の同行者はただその場に立ち尽くしその様子をうかがうのみであった。

「失礼、大臣殿。地平の騎士殿と打ち合わせをしたいのですがよろしいでしょうか。」
「ああ構わぬぞ。デイム・ハルナ、よろしいですかな」
「え、あ、私だったら全然構わないです」
「では私はこれにて失礼を。くれぐれも粗相の無いようにな、デイム・ミクトリア」

この言葉にやっとラグスコールも大臣へと頭を下げ、
尖塔の部屋の前には背の似通った黒髪と金髪の女2人のみが残る格好となった。

  うなり声と共に、口内が赤々と輝き始めた。