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「そういやさ、アニキってさ、彼女……いるの?」

  俺の気を知ってか知らずか、奴が振り向き俺の方へと一直線に歩いてきた。
  そして目の前で立ち止まり、ベッドに腰掛ける俺を仁王立ちになり見下ろす。

「……いねぇよ」
「だよねぇ~、いたら普通あんな事しないもんねぇ~」

  搾り出すような俺の言葉に、奴が満足げな声をあげる。
  にらみつけてやろうかとぐっと顔を上に上げる……が、視線が奴の顔に届く事は無かった。
  タンクトップの胸の部分……生地が薄いのか、さっき見た物と同じ模様がうっすらと見て取れた。
  左右に丸く広がっている、薄緑と黄色のストライプ模様。

「そういやさ、アニキ」
「あんだよ」

  妹の、女としての部分についつい注視してしまっていたのを悟られまいと、
  平静を装い今度こそ奴の顔を上目使いに見つめる。

「着替えてる途中じゃなかったっけ?」
「……お前がいたら着替えられないだろ」

  その言葉に、軽く肩をすくめて小さくため息を漏らす。

「オンナノコに見られてたら恥じゅかしくて、ボク脱ぎ脱ぎ出来ないの~……って?」

  あごをクイッと上げ、人を小バカにしたように見下ろす。
  そんな様に腹が立ちつつも、いい加減反論するのにくたびれて来た。

「ひょっとして……彼女、出来ても脱ぎ脱ぎ出来ないんじゃな~い?」
「関係ねぇだろ、大体彼女じゃ無いしお前」

  さすがにそんな訳の分からん心配までされたのでは男の沽券に関わる。
  抑えがたいイラつきをにじませつつ、奴にスパっと言って放つ。

  ニタニタと俺を見下していた奴の表情が凍りついた。
  口を真一文字に閉じ、眉間にしわを寄せて、力でも込めているかのように両手をぎゅっと握り締めて。
  時計の秒針が刻む音色だけがこだまする。
  10秒か、20秒か……奴が――柚子葉が、張り詰めた空気を破るかのように
  ベッドに腰掛ける俺の隣へと腰を下ろした。

  そして、唐突に俺の理解を超えた行動をとり始めた。

「な、何やってんだよお前!?」

  タンクトップに手をかけ、一息にそれを脱ぎ捨ててしまったのだ。

「いいから!ほら!アタシも脱いだんだからアニキも脱げ!」

  顔を真っ赤にしながら俺をにらみつける。
  ――完全に露出している、胸元のストライプを隠そうともしないで。

「な、何わ、訳分かんねぇ事言ってだよっ」

  突然の事に頭の中でストライプがグルグル渦巻く。
  それでも必死に、視線を宙に泳がせながら、精一杯の反論を試みる。

「黙って脱げよぉっ!ほらぁっ!!」

  不意打ちのように奴の手が伸び、俺のシャツを掴んだ。
  あまりの無茶苦茶さに奴へと険しい視点をぶつけようとしたその時……
  俺の目に飛び込んできたのは、奴の泣き顔だった。

「な、何泣いてんだよお前……」
「関係無いでしょ、んな事ぉ!」

  肩をふるわせ、泣きじゃくりなが、らやっきになって俺のシャツのボタンを外そうとしている。
  尋常ではないその姿に、思わず肩を抱きしめようと手が伸びてしまう。

  肩に手が触れた瞬間、その体がビクンと小さく跳ね全身の動きが止まった。
  そして一呼吸か二呼吸かの後、柚子葉が俺の胸の中へと飛び込んできた。
  まるで、俺にしがみつくかのようにして。

「バカ、バカっ、バカぁっ!!」

  泣きじゃくり、罵倒しながら小さい握りこぶしで俺の胸を叩きつける。
  こんなに力があったのかと思うほどに、胸が痛む。

「ホントにどうしたんだよ、ゆず……」
「もういいっ!!!」

  思い切り俺を突き飛ばしながら奴が立ち上がり、そのままドアを跳ね飛ばすようにして飛び出していった。
  改めてまじまじと自分の胸元を見つめる。
  ぐしゃぐしゃの生地の上にいくつもの染みが広がっている。
  どうしたらいいのか分からず、開け放たれたドアをそのままに淡々と着替えを進める。
  ふとベッドの上を眺める……あいつのタンクトップが脱ぎ捨てられたままだ。
  何ともなしにそれを手に取り、顔に近づける。
  コロンか何かだろうか……ほのかに甘い香りが鼻腔を駆け抜けた。


                    ■


  マンガを読んだりゲームをしたりして気を紛らわそうと勤める。
  ……が、やはりどうにもならない。
  初めて目にした――いよいよ大人になろうとしている、小ぶりながらもしっかり主張している胸が、
  激情を隠そうともしない、普段の生意気なそれとはかけ離れたあの様が、
  脳裏にこびりついて離れない。

「よし」

  PCの電源を落とし、部屋の明かりを消した。
  そしてベッドからタンクトップを拾い上げ、しずしずと自室を後にした。

  階段を一段一段踏みしめるたびに、ギシ……ギシ……と悲鳴をあげる。
  こんなに遠かったかと思うほどに、リビングへの道のりが遠い。
  それでも一歩一歩ゆっくりと踏み出していく。
  テレビから漏れ出る声がだんだんと大きくなってきた。

  リビングの扉をそっと開け、中を伺う。
  ソファーにどっしりと腰を下ろし、テレビに見入っている奴の後姿が目に飛び込んできた。

「あー!なに覗き見してんだよアニキぃ」

  ちらりと俺の姿を確認したかと思ったら、テレビの方を向いたまま背中越しに
  いつもの憎まれ口を投げかけてきた。

「そんなんだからもてないんだよ、ッハハァ!」

  それでもやっぱりいつもとは違う、乾いた笑い声を聞きながら静かにソファーへと歩み寄る。
  真横に立っているのに、俺の方を向こうともせずテレビを注視する妹。
  上はやっぱり下着姿のまま、両ひじをひざの上について前へと体を乗り出している。

「隣……座っていいか?」

  返事も無く、しかもヤキソバのちぢれを軽くしたようなふわっとした髪が顔を隠しているせいで
  表情を読み取る事も出来ない。
  凍りついたような時間が流れていく。
  洋画か何かなのだろうか、テレビから流れてくる男の叫びや銃声が果てしなく遠く聞こえる。

  返事を待ちきれず、黙って隣に腰掛けた。
  あいも変わらず空気がピリついている。

「これ、忘れもん」

  手にしていた布を柚子葉のひざの上にそっと差し出す。

「うん、ありがと」

  それを受け取り、やっぱりひざの上に置いたままで髪をたらしうつむき続ける。
  微妙な距離感が一向に縮まらない。

「なぁ……」

  意を決し、口を開く……と、そこへ妙に艶かしいメロディが流れてきた。
  ちらりとテレビを横目にみる。
  外人の女が背中を向けたまま、上着を脱いで、筋肉質な男がこれまた上半身裸で……
  頼むから空気を読んでくれ、アーノルド。

  あまりにも微妙すぎる雰囲気に、搾り出した言葉も途絶えてしまった。
  2人の沈黙に構わず、目の前の男女は艶かしい音楽をバックに体をからませあっている。

「あのさ、アニキ」

  隣から、ささやくような柔らかな声が飛び込んできた。

「何」
「さっきはゴメン」
「いいよ……気にしてない」

  ざわめく心をなだめつつ、妹を刺激しないよう穏やかな語調を保つ。

「アニキってさ……好きな人って……いる?」
「……いない」

  だんだんと大きくなっていくざわめきを落ち着かせようしてなのか、自然と呼吸が深いものになっていく。

「あのさ……」
「うん」

  不意に右半身に加重を感じ、そちらへと顔を向ける。
  ダークブラウンの髪が、すぐそこまで近づいてきていた。
  緊張に体がこわばり、甘く温かい香りに頭がとろける。

「年下とかって……どうかな」
「どう……って?」

  胸の中で1つの予感が大きくなっていく。
  さっきから――柚子葉が胸に飛び込んできた時から、うずいていた予感が。

「たとえばさ……」

  うつむいていた顔がより一層うつむく。

「アタシ……とか、どう……かなぁ……」

  タンクトップを力いっぱい握り締め、震える肩。
  さっきと同じように右手を回し、その肩をそっと抱きしめる。
  今度は素直にそれを受け入れてくれた。

「そりゃぁ、まぁ、その、アレだ……見た目はいいけどな。性格は、ともかくとして」
「……やっぱり、嫌い?」

  震える声に思わず胸が締め付けられる。
  ……うん。とりあえず今は水に流しておこう。ミミズサンドの事とかドアノブにアロンアルファとかの事は。

「嫌いな訳無いだろ、家族なんだから」
「……そうだよね、家族、なんだよね……」

  肩の震えが徐々に大きくなっていく。
  見るまでも無くその表情が想像出来る。
  それでも、かけるべき言葉が見つからない……どうしたらいいのかすら、分からない。

「何でだろ、何で、ダメだって分かってるのにっ」

  小さな悲鳴みたいな声をもらしながら、それがだんだんと引きつっていく。

「お兄ちゃんなのにっ、結婚、なんてっ、出ぎないのにぃっ」

  横から見ていても大粒の水滴が幾重にも零れ落ちているのが分かる。
  その姿を見て無意識の内に気持ちの歯止めが外れてしまったのか、
  気付いた時には柚子葉を両手でしっかりと抱きしめていた。

「あぎっ、諦めようとしたのにっ、でもっ、好きっ、好きなのぉっ!!」

  しっかりと押し付けられた顔から嗚咽があふれ出す。
  それと一緒に叩きつけられる感情に胸が張り裂けそうになる。

「もうっ、どしだらいいっ、のかっ、分かんないよぉぉっ!!」

  胸の中で震える、どうしようも無くいとおしい――正直、家族としての感情なのかどうなのか
  分からなくなって来たが――存在。
  その柔らかな髪をそっと撫でつつ、頭の中で懸命に一番良い答えを探り出そうと励む。

「お兄ちゃん……」
「ん?」

  存分に胸の内を吐き出して落ち着いたのか、だいぶ息が整ってきた。
  ……それにしても『お兄ちゃん』なんて呼ばれるのはどれほどぶりの事だろう。

「アタシの事……好き?」

  いよいよ避けられない、予想していた問いが投げかけられた。
  充血してはいるが涙でうるんだクリッとしたツリ気味の瞳、うっすら紅にそまった頬、
  整った形の、ピンク色のすらっとした唇。
  ……正直言って魅力的だと思う。
  兄としてでは、無く。

  互いに沈黙したまま、抱き合い視線のみを交換する。
  だが、その意思疎通も断ち切られようとしていた。
  柚子葉の瞳が、ゆっくりと細く閉じていく。
  そして、無防備に放り出された唇。

  鼓動が、心臓が張り裂けそうなまでに高まっているのが分かる。
  俺のも、柚子葉のも。
  暖かな体温が、溶け合う鼓動がゆっくりと理性を包み込んでいく。

  徐々に体の深い所から甘い感覚が広がり、まぶたが重くなり自然と視界が狭まる。
  やがて、何も見えなくなった。
  それでも……いや、それまで以上にいとおしい体温を、鼓動を、香りを、感触を感じる。

  もう、何も考えられなかった。
  真っ直ぐ、自分の気持ちに従い……
  俺は、妹と、唇を重ね合わせた。