※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

文才ないから小説かかないスレより(http://ex14.2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1149054161/


616名前: お題:噂 題名:狛犬の恩返し  ◆mWaYx4UM2o 投稿日: 2006/06/04(日) 03:02:15.77 ID:aptrs+Cg0
  あいも変わらず、陽炎がたつ程の炎天である。
  にもかかわらず、頭にねじり鉢巻をしっかりと結わえ、狛犬をせっせと磨く1人の男。
  いなせな髷に、彼の名だろうか『熊五郎』と藍染地に白で染め抜かれたハッピ。
  そこへ、遊び人風の着流しの男がふらふらと現れた。

  「よう熊公、何やってんだい」
  「何って八っつあん、見ての通り、狛犬様に行水をあがって頂いてんのよ」

  返事をしつつも、熊五郎の手は一向に止まらない。
  手ぬぐいを桶に突っ込み、硬くしぼり、親の敵かと言わんばかりに石の肌を磨き上げる。

  「こうも暑いのにまぁ、精の出るこった。博打の前のゲン担ぎか何かかい」
  「や、そういう訳じゃあ、ねぇのよ」
  「だったら何だってんだい」

  着流しの袂に片手を突っ込み、もう一方の手でざらつくアゴを撫でる八っつあん。
  口から生える長楊枝が、せかすように上下に揺れる。

  「にわかにゃ、信じられねぇ話かもしんねぇけどよ……」

  狛犬を丹念に磨きつつ、熊五郎が、仲間内で流行っている『うわさ話』とやらを披露してくれた。
  何でも、ここ飛武神社の狛犬を磨いてやると、その日の晩、化けて恩返しをしに来ると、大工仲間の間でもっぱら評判になっているそうな。

  「へぇ、そりゃ何とも奇怪な話だな」
  「しかも、その恩返しに来るのが、これまた堪らねぇ別嬪だってんだからよ」

  にやけながらも、熊五郎の手にいっそう力がこもる。額から汗が吹き出し、滝のごとく頬を流れ落ちる。

  「そんじゃ、明日にでも顛末を聞かせてくれや」
  「おう、俺はもうちっと頑張るわ」

  カランカランと涼しげに下駄を鳴らしつつ、境内を後にする八っつあん。
  その背後には、陽炎と蝉の声の中に浮かぶ熊五郎が見て取れた。

619名前: お題:噂 題名:狛犬の恩返し  ◆mWaYx4UM2o 投稿日: 2006/06/04(日) 04:14:29.60 ID:YNMV4mMh0
  そして翌日。
  馴染みの煮出し屋で、黒々と日に焼けた熊五郎が、得意げにまくし立てていた。

「そんでよ、おこまって名乗ったんだがよぉ、これが小またの切れ上がったい~い女でよぉ」

  ここで一旦言葉を切り、ぐいっと湯のみ酒を飲み干し、深く一息。

  「まったく天にも昇るたぁこの事よ、やれ上や下やで朝までしっぽり……てな寸法さ」
  「は~、世の中色々あるもんだなぁ」

  真っ赤な顔でニヤニヤしきりの熊五郎を見つめつつ、
  さすがの八っつあんも思わず嘆息の色を表していた。
  どうやら例の噂は本当だったらしい。

  「や、こんな面白ぇ話なんざ滅多にお目にかかれねぇや。ほれ、熊公、飲め飲め。今日はおいらのおごりだ」
  「おっとっと……こりゃすまねぇや。それでそのおこまが、これまた何ともいい具合でなぁ」

  さんざん美味しい話を聞かされた八っつあん。
  翌朝、一番鶏が声をあげるより早く飛び起き、脱兎の勢いで飛武神社に
  手ぬぐい持って突っ走ったのは、言うまでも無い。


  たっぷり汗を流し、布団も干して箒もかけて、準備万端整った頃には、日もとっぷりと暮れ、六つ時を知らせる鐘が鳴り響いていた。

  「へへっ、しっぽりしっぽり」

  八っつあんが煎餅布団の上で胡坐をかき、熊五郎の話から、あれやこれやと思い描いている。
  と、そこにコンコンと長屋の戸を叩く音が。

  「へいへい、お待ちしてましたよおこまさんっと」

  足取りも軽く、しんばり棒を外し引き戸を開ける。
  だが、そこには予想していたそれとは違う、なんとも逞しげな侍が立ち尽くしていた。

620名前: お題:噂 題名:狛犬の恩返し  ◆mWaYx4UM2o 投稿日: 2006/06/04(日) 04:15:38.37 ID:YNMV4mMh0
  「たのもう。拙者、飛武狛衛門と申す」

  狛衛門、と名乗る侍が仁王立ちのまま八っつあんを見下ろす。
  声も見た目に違わず、実に堂々としたものだ。

  「あ、えっと、お武家さん、こんな時分に一体何の用で」
  「言うまでもなかろう、この炎天に行水を頂戴した礼に参じたのだ」
  「いや、あの、何か手違いが」
  「何を訳の分からぬ事を申しておる。その方、八兵衛に相違無いな」

  どうにも思っていたのとは勝手が違い、半ば呆けている八っつあんを他所に、ずかずかと土間に上がりこんできてしまった狛衛門。

  「へ、へぇ。確かにあっしが八兵衛で」

  そして、そのまま布団の上にどっかと座り込んでしまった。
  角ばった顔、ぎろりとした目、黒々とした肌、見れば見るほどに精悍かつ逞しい。

  「心から礼を申すぞ、八兵衛。いやさ、常々妹のおこまばかりが有難がられて、いささか羨ましく思っていた所でな」
  「いけね、そういや昨日、熊公が磨いてたのは向いの方の狛犬だった」

  この事態を招いた原因がやっと分かった。
  狛犬は、雄雌向かい合わせで置かれている――八っつあんが子供の時分に、横丁のご隠居から教わった事だ。
  とは言えさすがにもう20年以上前の事、すっかり失念して雄の狛犬を磨いてしまったようだ。
  だが、いよいよ硬直してしまっている恩人など関係無いと言った調子で、狛衛門が着物を脱いでいく。
  照れくさいのか、頬をほんのり紅色にそめながらも、おずおずと腕を抜き、惜しみなく肌を露出させる。

  「ささ、今宵はしっぽり行きましょうぞ。何、遠慮はいらん。ほれ、参られい。参らぬならこちらから行くぞ」

  鼻息も荒く、筋骨隆々の、毛深く逞しい胸をむき出しにして八っつあんに迫る狛衛門。

  「せめて、雄の狛犬の噂も流れていれば、こんなヘマは、あ、あ、アッー!」


―完―