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私は彼の近くにいると、いられると思っていた。
他人を拒絶する彼の側で、彼と一緒にいたいと思っていた。
気付いたらその距離は開いていくばかりで。
彼の心は遠くに消えて見えなくなっていくばかりで。
何時の間にか、私は彼を遠くから見つめているだけの存在。
そんな、認識されているかいないかもわからないような私。
「桜田君……」
彼のことを想うだけで、胸が傷んだ。
きっと私は生涯この想いを抱えて生きていくに違いない。
教室で一人物思いに沈む私に、元気一杯の声が掛かった。
「トモエー一緒に帰ろうー」
「ええ、そうね」
狡賢い私が醜い私を押し隠す。だって言える筈がない。
こんなに無邪気に私を慕う少女にすら、私は嫉妬していただなんて……
……
誰かと触れ合うことなんてなかった彼が、気付けば人気者。
不思議なものだと思った。変われば変わるものなのだ。
周囲を取り巻く少女たちを鬱陶しげに追い払おうとする彼は。
それでも、昔より遙かに楽しそうに笑うようになったと思う。
だからきっとそれは彼女たちのお陰で、だからこそ私は哀しかった。
幼い頃から側に居たというのに、私は彼に何をしてこれただろう。
「……馬鹿馬鹿しい」
詮無いことだと思考を振り払い、席を立った。
考えれても考えてもネガティブな方向へ向かうだけだから。

「あれ、柏葉か」
「あ……」
図書室で一人宿題を片付けていると、彼が現れた。
偶然、ではない。自分自身、少なからず打算があってここにいる。
煩わしくなると、周囲から離れて図書室に来る癖は変わっていないらしい。
「こんな所で宿題か」
「悪いかな?」
「いや、別に」
冷静を装って、特に会話を続ける事もなく宿題を再開した。
ちらりと見れば、彼は何かの本を読んでいるらしい。
沈黙が続き……先に耐えられなくなったのは私のほうだった。
「帰ろうか?」
「え、なんで?」
質問に質問で帰すのは感心しない、と言いかけてやめた。
「一人になりたくてここに来たんじゃないの?」
元々そう元気な性質ではなかった。一日中周囲がアレでは、うんざりもしたかもしれない。
「ん。まあそうだけど……アイツらもちょっとは静かにできないかな」
「はは、皆桜田君の事が好きなんだよ」
こんな風な軽い会話を楽しみながら、少し胸が傷んだ。
ここにいていいのは、私じゃあないんじゃないかと。

「見つけたわよぉ、ジュン」
そんな静かで、胸苦しくも心地よい空間を壊した一言。
水銀燈が、腕を組んでこちらを見ていた。
「げ、もう見つかったのかよ……」
「どうして逃げるのよぉ」
急に騒がしくなる図書室。ああ、嫌だなあ。
この時間が壊されてしまった事と、それを嫌だと思う自分自身。
きっとすぐに、他の皆もここに集まってくる事だろう。
「いいじゃなぁい、それとも私のこと嫌い?」
「いや、き、嫌いじゃないけど」
しどろもどろになる彼を見ているのが辛かった。
わかっている。悪いのは彼じゃあない。無論水銀燈でもない。
「それじゃあ、私は帰るね」
荷物を鞄に仕舞い、席を立つ。振り向きたくなかった。
これ以上、見せ付けられたらどうなってしまうかわからない。
「二人とも、図書室では静かにしてね」
なのに、思わず語気を強めてそんな風に叱ってしまった。
ああ嫌だ。これじゃあ自分の鬱憤を晴らしているようだ。
「あ、柏葉……悪い。また明日な」
「……ふぅん。また明日ね、柏葉さぁん」

今日は、疲れた。自己嫌悪で疲労するなんて馬鹿馬鹿しい。
素振りをして、シャワーを浴びて、無駄な思考を殺ぎ落とす。
落ち着いて、いつも通り、明日からまた学校に……
ピンポーン
閉じようとした意識を覚醒させるように、呼び鈴がなった。
電気もつけっぱなしなのに居留守を使うわけにもいくまい。
仕方なく玄関を開けた先、意外な人物が立っていた。
「こんばんわぁ~」
「……水銀燈、さん?」
「呼び捨てでいいわよぉ~」
そんな風に楽しそうに笑う――何か企んでいそうな顔だ。
「ジュンに家を聞いたの。上がらせてもらっていいかしらぁ?」
別段仲がいいわけでもないのに、少々厚かましいとは思った。
だが断る事もできず、どうぞと部屋へと彼女を上げた。
「えっと、何か用事でもあった?」
興味深そうに部屋を見て回る水銀燈に、こちらから切り出した。
「ん~?そうねぇ……違ったら申し訳ないんだけど」
ニヤリと、全てを見透かすように水銀燈が嗤った。
「アナタ、ジュンの事が好きなんじゃない?」

――一瞬、意識が凍りついたかと思った。
機能回復→激しい動揺。エ、ナニイッテルノ?
「な、なななななななな何を言っているのかな水銀燈サン?」
「……ビンゴ。予想通りだったようね。でもそこまでうろたえなくても」
クスクスと笑っているところを見ると、確信に近いカマかけだったらしい。
「い、イヤ、ソンナコトナイデスヨー?トクニドウデモイイデスヨー」
非常に苦しい言い訳だと我ながら思う。
それに、何かを言うたびに水銀燈は笑うから逆効果なのだ。
「うふふ、おばかさぁん。私の目を欺けると思ってぇ?」
「……完敗です。出来れば誰にも言わないでください」
未だに平静を保てない。顔が真っ赤になっていることだろう。
「まあここまで来たら馴れ初めからその他色々話しちゃいなさぁい」
黙秘するだけ無駄だろう。完全に水銀燈が一枚上手だ。
隠し立てすることも出来ず、私は訥々と秘めた想いを語りはじめた……
……
「根が深いわね……まあ仕方ないのかも」
話し終えた私に、顎を手に当て唸りながら水銀燈が言った。
「たまにジュンと遊んでると凄い視線を感じてたのよねぇ」
「……お恥ずかしい限りです」
どうやら水銀燈には気付かれていたらしい。ああ、嫌だ。
「――まあ、いいわ。ここまで聞いてしまったからには」
「からには?」
急に立ち上がった水銀燈――ちょっと驚いて引いた――が、指差して。
「アナタの望み、私が叶えるわ」

「……結構です」
即答した。
「なんでよぉ!!」
いや、怒られても……
「まさか、遠くから見ていられればいいのとか言わないわよねぇ」
「……それも少し。でも、私は多分そういうの……」
「ああ、もう!!ウジウジしない!!」
ウジウジしていたら怒られた。どうなってるんだろう……
「駄目なのはアナタのその性格。折角可愛いんだからどうにかなさい」
「……かわ、いい?私が?」
可愛いだなんて、はじめて言われた気がする。
それも、こんな特上の美少女に……お世辞でも嬉しかった。
「その……あ、ありがとう」
「……ッ。か、可愛いわぁ。一瞬お持ち帰りした、じゃなくて」
コホンと一つ咳払い。真面目な顔をしてまた水銀燈が話し始める。
「見てられないのよ。アナタみたいなの。だから、手伝わせて頂戴」
心の中で、負けず嫌いの自分が小さな声で何か囁いた。
「……うん、ありがとう水銀燈。私、やってみる」
小さな小さな決意の焔を瞳に宿し、私は決心した。

ネガティブな巴を強制する為、水銀燈の特訓が始まった。
素直になれるように、可愛く見えるように、言いたいことを言えるように。
水銀燈のそう長くはなく、厳しい特訓。
これを終えれば、見違えるように彼女はステキになれる……
だが、そうはいかなかった。
「……ご、ごめんね水銀燈」
「ちょっと想定外だったわぁ……まさかここまでとは」
落ち込む私をいいのと慰めるが、水銀燈にも心労が見えた。
水銀燈はこんな私にここまで本当に良くしてくれた。
少しだけでも、改善の兆しは自分でも見えてきたと思う。
最近、桜田君とも前よりよく話すようになった。
「まあ、性格なんて簡単に変わるもんじゃないわぁ」
それに、水銀燈と仲良くなれたのが、少し嬉しかった。
「……ありがとう、水銀燈」
心の底からの感謝の気持ち。優しくしてくれて、ありがとう。
「いいのよぉ。私が好きでやったことなんだから」
こんな出来の悪い生徒をここまで導いてくれた。
「まあこれ以上やっても仕方ないし、言っちゃいましょうか」
「何を?」
「告白」
……what's?

「無理です。やれません」
即座にギブアップした。
「……そういう所は変わらないわねぇ」
やれやれと、水銀燈があきれ返っていた。
でも、出来ないものは出来ない。
今を壊すのが嫌だ。私はこのままで十分幸せだった。
「巴、こんな言葉があるわ。やってやれないことはない!!」
「……水銀燈、それ一か八かとか当たって砕けろって言わない?」
「言わないわ。それに、言わなきゃ何も始まらないのよ」
痛い。言葉がひとつひとつ胸に突き刺さる。
ここまで来て臆病な私が、不様で痛々しい。
「……アナタが嫌なら、私が貰っちゃうわよ?」
「それは……駄目」
挑発するように……いや、実際それは挑発に過ぎないのだろう。
暫く付き合ってきてわかった。水銀燈の桜田君に対する想いは、私とは違う。
「嫌でしょ?好きなんでしょ?……巴なら、大丈夫よ」
「水銀燈……うん。まだ迷ってるけど、私」
みなまで言わないでも良かった。水銀燈は笑っていた。

後日放課後、図書室の奥で私は彼が来るのを待っていた。
手に携えるは、水銀燈の作ってくれた告白用の台本。
使うかどうかは、私に委ねると彼女は言った。
「はぁ……」
未だ迷っている。未だ恐れている。
この後の事を、これを使ってもいいものなのかと。
明確な答えは出てこない。そもそも、そんなものありはしない。
「あ、柏葉」
「……桜田、君」
彼が、来てしまった。心臓が高鳴る。
心の奥底、弱い私が悲鳴を上げる。もう駄目、無理と。
「桜田君……話、があるの」
弱い心を、紙と一緒に握り潰した。脳裏に浮かぶは水銀燈の声。
弱い私の後ろから、負けず嫌いの小さな私と、新しい少し強い私。
二人出てきて、小さな声で「頑張れ」と言ってくれた。
――だから、もう迷わない。
「桜田君。私、桜田君のことが好きです」
「えっ?」
言えた。もう、言ってしまったなんて思わない。
驚いた表情の彼を見て、私は少しだけ笑っていた。

「……あの、返事は少し考えさせてくれないかな」
一瞬にも永遠にも感じられた沈黙を、彼がそう断ち切った。
「……うん。私、待ってるか」
「その必要はないわよぉ」
私の言葉を途中で止めた、聞き覚えのある声。
そしてその主が、物陰から姿を現した。
「す、水銀燈!!お前何やって」
「それはこっちの台詞ねぇ。待たせてですってぇ?」
あ、水銀燈怒ってる。何故かはわからないけど、そう見えた。
「男の待ってくださいなんて時間稼ぎか断る台詞考えるかよ」
反論しようとする彼に、厳しく水銀燈が言った。
「……ねぇ、ジュン。彼女はずっと待ってたのよ。わかる?」
今度は優しい声で、諭すように。――彼が、顔を上げた。
「ああ、そうだな。悪かったよ柏葉」
「……」
「柏葉……僕も、好きだ」
脳内で、その言葉がリフレインした。何度も、何度も。
嬉しい想いと、信じられない気持ちと、色々が綯い交ぜになって。
うじうじしていた自分がバカみたいだった。
――いや、あの自分がいたからこそ、今の自分がいる。
水銀燈とも友達になれたのだから、アレも悪くはなかった。
「あ、ありがとう……さくら……ジュン君」

「さあ、告白したら次は何するかわかるわよねぇ」
「……何って?」
意地悪な、いや心底楽しそうな顔の水銀燈が
「キスでしょ?」
そんな、とんでもないことを口にした。
「……魚?」
「そんな古典的なギャグはいいわぁ。所謂接吻ね」
言葉を理解し、真っ赤になった。桜田君も顔が赤い。
「そ、その……ちょっと早いんじゃないかな?」
「そんなことないわぁ。もっとイっちゃってもいいくらいよぉ」
そんな風に完全に他人事モードで笑う水銀燈。
が、当の本人である私たちは躊躇い、一歩を踏み出せない。
じれったくなったのか、水銀燈が一歩先に踏み出した。
「もう、私邪魔ぁ?さっさとヤっちゃいなさいよぉ」
キャッキャと嬉しそうに水銀燈が勢いで、彼の背中を衝いた。
近づいてくる身体。反応できない。いや、しなかったのかも。
「あ……」
彼の唇が、私の額に触れていた。

「……あ、あ……」
キスされた。ジュン君に。キスされた。
唇が私のおでこに温かくて柔らかくて湿っていてあれ?
「ッ!!し、失礼しました!!」
脱兎の如く、私は駆け足で図書室を出て行った。
まともに思考が働かず、本能だけで逃げ出した。
「ああ、待って柏葉!!」
追い縋ろうとする彼の言葉がどんどん小さくなっていくのがわかった。
恥ずかしくて、ワケがわからなくて……それが、とても嬉しくて。

「前途多難ねぇ……まあ、とりあえずこんなとこかしらぁ」
一人取り残された水銀燈が嗤う。
結果は最初から見えていた。水銀燈にはわかっていた。
あれ程わかりにくいようでわかりやすい好き同士も珍しい。
少し惜しかったかもしれないとは思いつつ、概ね彼女は満足していた。
新しい友人の幸せを願い、心の中で頑張れと背中を押した。
「二人ともぉ。図書室では静かにね、おバカさぁん」

  • さくらだくんとともえちゃん-
END