「―猟奇的な彼女―」(2006/02/05 (日) 21:00:26) の最新版変更点
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<p>―猟奇的な彼女―<br>
自分の手に掴めるかもしれない物が、遠くへ消えていく。<br>
少しばかり臆病で素直でなかった自分から、離れていく。<br>
でもそれが収まった場所は、決して見えないところではなく。<br>
だからこそ、悔しくて哀しくて、それでも喜ばしいことだった。<br>
わかっている。今こんな風に抽象的に見えるコレは夢に過ぎない。<br>
現実をこんな風に現しているという事実は、少々腹立たしい。<br>
「ふふふ……」<br>
遠目にそれを見ながら思い出す現実。実に厳しい現実。<br>
だが、決して負けてなるものか。譲ってなるものか……<br>
「あははははは!!待ってやがれですぅ!!」<br>
故に、翠星石は眼を覚ます。<br>
心地良さと胸糞の悪さを同居させた夢から現実へと帰還する。<br>
――欲しいものなら、奪ってでも勝ち取ってやると。</p>
<p>桜田ジュンに蒼星石が告白してはや1ヶ月程。<br>
姉の翠星石と想い人を同じくしていることには気付いていた。<br>
だがそれでも、姉にだって譲りたくないものがあった。<br>
罪悪感を感じながらも、先に告白して得られた応えはイエス。<br>
そんな蒼星石を、翠星石はよかったよかったと笑顔で祝福してくれた。<br>
罪悪感を更に募らせながら、蒼星石は感謝し……同時に不気味さを感じていた。<br>
「蒼星石ーご飯ですよー」<br>
「あ、ちょっと待っててー」<br>
一瞬思考を打ち切り、階下へと下りていく。<br>
最近、翠星石はよく笑うようになった。そして、口数が少なくなっていた。<br>
長年一緒にいる姉妹だからこそわかる程度の些細な変化ではある。<br>
だが確実にその点において変化していることを、蒼星石は見逃さなかった。<br>
(……何か企んでるんじゃないだろうね、翠星石)<br>
「そう言えば、蒼星石がジュンと付き合い始めてもう1ヶ月ですか?」<br>
食事を取りながらそんな風に翠星石が切り出した。<br>
最近よく翠星石は二人の関係についての話をしていた。<br>
「ああ、そろそろそうだね……その、翠星石」<br>
少しだけ居たたまれなくなって、謝ろうとした蒼星石。<br>
「でも一度もウチへは呼んだことがないですねぇ」<br>
少しだけ寂しそうな表情をしている翠星石に、更なる罪悪感。<br>
まさか本人の目の前でお前がいるからだとも言えまい。ちょっと思っていたが。<br>
「翠星石のことなら気にしないでいいですよ」<br>
「あ……すい、せいせき」<br>
きっと、気付いていたのだろう。ある程度蒼星石が気を遣っていたことに。<br>
「嫌だったら翠星石はその間何処かに出かけてるですから」<br>
「……ごめんね。ごめんね、変な気を遣わせて……ありがとう翠星石」<br>
罪悪感を押し殺し、感謝の気持ちだけを蒼星石は伝えた。<br>
「いいですよ……何も問題はないです」<br>
だから――翠星石が嗤っているのに、蒼星石は気付かなかった。</p>
<p>授業の終了後、蒼星石はジュンの所に行った。<br>
「ねえ、ジュン君。今晩……食事にウチに来ないかい?」<br>
「え、行ってもいいのか?」<br>
今まで蒼星石の家、つまりは翠星石の家に行かないのは暗黙の了解だった。<br>
ジュンは翠星石の気持ちにも気付いていたし、気を遣って当然だった。<br>
……ただ、ジュンが翠星石にも好意を抱いていたことは秘密だったが。<br>
「うん。翠星石が、呼んでくればいいって……だから今日はご馳走するよ」<br>
「そうか……嬉しいよ。ありがたくご相伴に預からせてもらいます」<br>
許しさえ出ればあっさりと決まることだなあと、二人は笑いながら思った。</p>
<p>
談笑する二人を、廊下側の窓から翠星石が嗤って見ていた。</p>
<p>……<br>
家に帰った蒼星石は、夕食の準備をしていた。<br>
ジュンが家に来るという話は既に姉には済ませている。<br>
「ねえ、蒼星石」<br>
「何~翠星石~」<br>
「蒼星石は、翠星石のこと好きですか?」<br>
突然の質問、料理の手を止めて、振り返る。<br>
「最近翠星石は、蒼星石に嫌われたんじゃないかと心配で……」<br>
「……僕が、翠星石のことを嫌いになるはずないじゃないか」<br>
本心だった。何があろうと、それだけは絶対に嘘にはなりえない。<br>
「じゃあ、これくらいいいですよね」<br>
「え?」<br>
翠星石が、蒼星石の唇にキスをした。</p>
<p>「んっんぅぁ……んぁ」<br>
頬を染めた翠星石の舌が、蒼星石の口内を蹂躙していく。<br>
声が出せない。何故こんなことをされるのかと思いながらも、されるまま。<br>
抵抗することは出来ず、その行為に思考が少しずつ麻痺して行った。<br>
「ぁ……んぶぅ」<br>
蕩けた脳が指令を出す。翠星石の行為に応えようとする。<br>
反射するように、ただされるままでなく、蒼星石も舌を絡めていく。<br>
「ん……ぁ……ぴちゃ」<br>
一瞬蒼星石の舌に、何か当たったような気がしたが、気にならなかった。<br>
分泌される唾液を交換しながら、二人で飲み干しあった。</p>
<p>口を先に離したのは、翠星石の方からだった。<br>
互いの口元から伝った唾液が糸を引く姿が、酷くいやらしく見えた。<br>
「あ……翠星石、なんでこんな……」<br>
「そんなの、蒼星石が好きだからに決まってますぅ」<br>
とびっきりの笑顔で、少し恥ずかしそうに笑う翠星石。<br>
なんだか、それを見ただけで蒼星石の脳は揺れているようだった。<br>
「あ、でも……ぼくたち……しまぃ」<br>
「そんなの関係ないです。好きだから関係ないです」<br>
言葉の一つ一つが、蒼星石を揺らしていき、まともな判断力を奪った。<br>
「あ……め……あたま……」<br>
精神的にも、物理的にも蒼星石の体は揺れていた。<br>
あまりのショックに、意識が保てなくなり……何事か呟きつつ気絶した。<br>
上から、翠星石が見下ろしていた。</p>
<p>ほんの少し緊張しながら、家の呼び鈴を鳴らした。<br>
待ち構えていたようにすぐ玄関が開き、蒼星石が顔を出す。<br>
「いらっしゃい、待ってたよジュン君」<br>
「ああ、お邪魔します」<br>
嬉しそうに笑う蒼星石に、緊張は大凡解された。<br>
案内されるままに中に入って、少し気になった。<br>
「そういや、翠星石は?」<br>
「ああ、姉さんはさっき出て行った。気を遣ってくれたんだと思う」<br>
「そうか……」<br>
罪悪感を覚えた。それでも、この状況が嬉しいことに変わりはない。</p>
<p>
食事を取りながら、ジュンはいつもと違うなと思った。<br>
あまり見慣れない私服の所為か、うっすらとした化粧のせいか。<br>
何処かいつもより少しだけ、蒼星石が大人びて見えた。<br>
「今日は、いつもより可愛いよ」<br>
歯の浮くような台詞が、口から自然と出た。<br>
ワインに酔っているのかもしれない(未成年の飲酒は略)<br>
「うふふ、嬉しいよ……」<br>
蒼星石も酔っているのか、頬を染めながら応えた。</p>
<p>
食事を終え、なんだかそれっぽいムードになってきた。<br>
どちらからともなく自然と互いに近づき、キスをした。<br>
そこで、ジュンは驚いた。いつもの触れ合うだけのそれではない。<br>
ジュンの唇を割って開き、中へと進入してくる蒼星石の舌。<br>
舌と舌が絡み合い、多少の息苦しさを感じながら、快感が増していく。<br>
(……やべ、かなり変な気分に)<br>
「蒼星石……僕、もう」<br>
にっこりと笑う蒼星石に、一瞬でジュンは陥落(おち)た。<br>
自分から後ろに倒れこんだ蒼星石。<br>
その表情は、誘うように艶かしく、思わずジュンは唾を飲む。<br>
「ジュン君……来て」<br>
理性を完膚なきまでに破壊するその一言。ジュンは獣と化した。<br>
服を半ば無理矢理剥ぎ取っていく。それを愉しそうに蒼星石が笑う。<br>
「そんなに、がっつかないでいいよ」<br>
窘められても、そう簡単に欲情の焔は消えはしない。<br>
既に蒼星石に残されたのは、上下の下着だけだった。</p>
<p>「は、ハァハァハァ。い、いただきますっ!!」<br>
「はい、召し上がれ」<br>
上の下着に手を掛けながら、意外と着やせするタイプなのかと思った。<br>
行為に及ぶのは初めてだったので、彼女の裸身を見たことはなかったが。<br>
服の上から判断したよりも大きく、またそれが興奮を誘った。<br>
「ハァハァハァハァ、ぬ、脱がすよ」<br>
下着のホックにジュンが手を掛けた――その瞬間。<br>
「だ、騙されるんじゃないジュン君!!」<br>
聞き覚えのある、切羽詰った声がした。<br>
振り向いた方向には――縄でぐるぐる巻きにされた蒼星石が倒れていた。<br>
「そ、蒼星石!!でも蒼星石はこっちに」<br>
「そ、それは姉さんだよジュン君!!」<br>
「な、なんだってー!!」<br>
思わず今組み敷いている翠星石?に再び顔を向ける。<br>
「チッ、既成事実作っちまえばこっちのモノだったのに」<br>
マジだった。<br>
「う、うわああああ!!ち、違うんだぞ蒼星石!!これは」<br>
慌てて弁解しようとするジュンを嘲るように、寂しげに翠星石が言った。<br>
「……ここまでしておいて、私とのことは遊びだったですか」<br>
「状況を悪化させようとするなあああああああ!!」<br>
体の自由が利かない蒼星石が、這って二人に近づく。<br>
ジュンが良く見れば、蒼星石は下着以外に何も着ていない。<br>
今さっきジュンが脱がせた服は、蒼星石から奪ったものなのだろう。<br>
「あ、あの……蒼星石さん。これには海よりも深い理由が」<br>
「わかってるよ……姉さんに薬呑まされて起きたらこの状況さ」<br>
既に諦め気味の蒼星石。とりあえず体を拘束する縄を解いてあげた。<br>
「翠星石……コレはどういうこと?まあ聞くまでもないんだろうけど」<br>
蒼星石が問い詰めるが、翠星石は拗ねたように口を開かない。<br>
ちなみに現在全員半裸である。間抜けな状況だが、ジュンは少し喜んでいた。<br>
「僕を眠らせて服を脱がせて縛って押入れにだなんて、酷いよ」<br>
「……だって……寂しかったです」<br>
「え?」<br>
漸くこちらを向いた翠星石が、話し始めた。<br>
「翠星石は、ジュンの事も蒼星石の事も好きです」<br>
「……あ、うん」「ありがとう」<br>
面と向かって好きだといわれると、少々照れる。<br>
「だから、二人が付き合い始めて、二人とも遠くに行ったみたいで」<br>
そんな風に思っているだなんて、気付かなかった。<br>
「だから、こんなことしたです。悪かった……です」<br>
「翠星石……」<br>
反省しているのか、その表情はしおらしかった。</p>
<p>が、一瞬にして豹変した。<br>
「でもさっきジュンがいつもより可愛いって言ったです」<br>
「うっ!!」<br>
その呻き声、問い詰めるまでもなく事実を語っていた。<br>
「ジュン君……君って人は」<br>
「その、それはだって……」<br>
しどろもどろになるジュンをジト目で見る蒼星石。<br>
これを好機と見たか、翠星石は更に畳み掛ける。<br>
「そういえば蒼星石も、私とキスして悦んでたですぅ」<br>
「そ!!それは!!」<br>
今度は慌てる蒼星石をジュンが睨み返す。<br>
「へぇ……そんなことしてたんだ蒼星石」<br>
「ち、違う!!それは口移しで薬を飲まされて」<br>
互いに慌てながら責任を押し付けあう二人。<br>
その間に翠星石が割って入り、二人を同時に抱き締めた。</p>
<p>
「翠星石は、二人とも大好きです。どっちかなんて選べないです」<br>
屹度それは、本心からの言葉。だからこそ、返す言葉も出てこない。<br>
「だから、翠星石は二人と一緒にいたいですぅ」<br>
二人だって、翠星石の事は好きに決まっている。<br>
こんな事まで言わせて、それでもあっさり切り捨てられるほど非道ではない。<br>
「……ハァ。こう言ってるけどどう?僕は別にいいよ」<br>
「え?お、お前それでいいのか?」<br>
既に諦めているような蒼星石の言葉にジュンは驚いた。<br>
その言葉の意味するところはつまり、姉妹一緒に付き合ってという事だ。<br>
「……気付いてないと思った?ジュン君は翠星石のことも好きだったんでしょ」<br>
「ッ!!……い、いや……たしかにそんな気はしないでもないけど」<br>
完全に混乱して何を言っても墓穴を掘りそうなジュンに、更なる追い討ち。<br>
「ほ、本当ですか?……その、ちょっと嬉しいです」<br>
ズギュウウウウーン!!何かを撃ち抜かれた気がした。<br>
そんなジュンを見て、蒼星石が答えを悟り、翠星石をちらりと見た。<br>
丁度、翠星石も蒼星石の方を見て、いたずらっぽく笑っていた。<br>
「それじゃあジュン君。不束者ですが」<br>
「二人まとめて、お世話になるです」<br>
「あ、アハハハハハハハハハハ!!」<br>
状況に流されるまま決まってしまいつつも、不幸とは思わなかった。<br>
ただ――これから待つのは天国か地獄かと、ジュンは考えていた。</p>
<p>END</p>
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