喧嘩サイトの起源


1、喧嘩サイトの起源Ⅰ


筆者の経験上、2001年以前から喧嘩を行うための空間として「喧嘩サイト」が存在し、
(トップページを基に構成されたものだけでなく、掲示板単体であってもそれに含まれる)
またその時点で既に、現在の喧嘩とほとんど変わらないスタイルが確立されていたことが分かっている。

・大体が両者合意のもとで行う試合形式(明確に勝敗を決定づけ、原則的に勝利を求めて争う)
・ただ罵倒しあうだけでなく、発言の穴を見つけて論理的に攻める(論破を目指す)

しかし、はっきり言って、原初たる喧嘩サイトがいつ頃誕生したどのサイトであるのか、ということは全くもって不明である。
なので、せめてもの推論として、大まかな源流程度には探っていきたい。
※正直「2」は長くてくどいので、「3」の結論だけ見れば問題ないです。

2、喧嘩サイトの起源Ⅱ


結論から言えば、喧嘩サイトの源流はアングラ系サイトにあるであろう。
喧嘩という現象は、多数のユーザーが一同に会するコミュニティである以上、必然的に発生し得る摩擦である。
(ネットの場合、匿名性から生まれる気楽さがその発生に拍車をかけているといえる)
しかし、一般的な目線から見て、喧嘩という行為はとにかく悦ばしくない。
議論や討論のように高尚なものではなく、ただ他者を叩きのめすためだけのものであるこの「ネット喧嘩」は、
ネチケットを鑑みれば、一般ユーザーにとって忌み嫌うべきものであるというのは自明である。
現在では議論・討論の形式を取り入れ、ある種スポーツ化した一面もあるが、
そうであっても、一般人の認識からすれば、議論・討論の領域にまでは到底達しない。
「ネット上で好んで口喧嘩とかアホか?無益だわ!」
というレベルのモノなのである。

しかし、かつてのネット世界において、他者との攻撃的なコミュニケーションを楽しめるこの「ネット喧嘩」に魅せられた者たちがいた。
喧嘩には煽る対象が必要である。独り言のように罵倒を並べるだけでは面白くない。だが、人を煽るのはルール違反になる。
何の実りもなく、やかましく見苦しい罵詈雑言を並べ立て、他者を攻撃して悦に入る行為が、どうして大衆に受け入れられようか。
それ故、原初の喧嘩師たちは一般サイトを離れ、喧嘩をする空間(=喧嘩サイト)を、必然的に大衆の目から離れた場所に作りだした。
アンダーグラウンドに。

※大規模掲示板群においては、megabbsの「激怒・喧嘩」カテゴリのように、ネット上のアウトローの掃き溜めとして設置されるものもある。
しかしそれらは、大抵の場合荒らしと個人攻撃が横行し、現在行われているような喧嘩行為とは無縁の存在であることが多い。

先ほど述べたアングラとはアンダーグラウンドの略称で、ネット上において「裏」のジャンルを取り扱う界隈のことである。
アングラの特徴として挙げられる以下、
・独自の文化を形成
・そこに立ち入ることができるのは、その世界について一定の理解を示した者だけ
という特異性・排他性は、まさしく喧嘩界にも合致する特徴であるといえる。

※余談だが、「裏」に含まれるジャンルは多々あるものの、その中でも特に「荒らし」とは親和性が高い。
荒らしが持つ他者への攻撃性(無意味な文字の羅列だけでなく、罵倒などでも他を攻撃する)は、
喧嘩師のそれと近似するものがある。特別専門的な知識が必要というわけでもなく、
気の向くままに他への攻撃を意図できるこの「荒らし」という気軽な存在、
そしてそれらが足を運ぶ荒らしサイトや荒らし掲示板は、喧嘩界のごく身近に在るものといえる。

事実、昨今の喧嘩サイトは綺麗に整備されているものも多いが、昔の喧嘩サイトはアングラ色が非常に強い傾向があった。
喧嘩という行為の特異性もさることながら、ネチケットを熟知した一般的・平和的ユーザーを排他するためのものでもあっただろう。
例を挙げると、

・黒を基調としたホラー系デザイン(黒基調は後にも受け継がれている)
・荒らし、ブラクラ何でもありの無法地帯チャット
・トップページに脳髄を曝け出したグロテスク画像を採用する悪趣味なサイト
・論理とは無縁の誹謗中傷を繰り返す輩が跳梁跋扈
・死人の館、悪魔の館といった、「裏」のイメージを想起させる名称
(「隠し」(これものちに詳述する)の影響も相まってか、中世以降にも受け継がれる風習となった)

このようなところである。
前述した通り、現在の喧嘩サイトは表面上においては小綺麗であり、
ほとんどが(試合形式として確立された)喧嘩ばかりで、なおかつ荒らしの類は一切規制しているため、
以前よりは格段に入門のハードルは下がったと言える。
しかし、誹謗中傷を許可している(=他者を攻撃するのが大原則)のは変わらないこと、
「喧嘩界」という新たな枠組みが生まれ、「独自文化の形成」という点が飛躍的に進んだということ、
以上の二点から、やはり現在でも大衆の理解を得るのは難しく、依然アングラに分類されるのではないであろうか。

3、結論


上述したように、広義の口喧嘩は、ネット上のどこであろうと発生し得る。
コミュニティ内で時に軋轢が生まれ、他者との諍いが起こるのは、人と人が触れ合う以上当たり前のことなのだ。
それらは、なにより他者の迷惑になる上、互いにとっても利益をもたらさない、悦ばしくない行為である。
しかし、何千万ものユーザーの中には、それらを好んで行う変人が少なからず存在する。
そのマイノリティが、それ=喧嘩を行うためだけに設置した空間が、まさしく純粋な源流たる喧嘩掲示板(あるいは罵倒掲示板)だったのだろう。
中には、余談で述べた荒らし系サイトから派生したものもあるかもしれない。
いずれにせよ、それらは一般ユーザーからは忌諱されるものであり、遠く目の及ばない地下にて形成された。
そこで口論を繰り返す内、更に喧嘩に没頭してしまった物好きが、
喧嘩を更に専門的に扱う場所として、喧嘩サイトを発展させていったのだと考えられる。
華やかなインターネット発展の歴史の裏で、喧嘩サイトは細々と運営を続け、
やがて今日の「喧嘩」という概念が形作られていった、と。
まぁ誰にでも出せるような結論である。
最終更新:2015年09月24日 13:40